魅力的なチーズケーキはマイクロビジネスの可能性を広げる

更新日:8月13日


西荻にはとても小さな飲食店がたくさんある。一人のオーナーが狭いスペースで全ての仕事をするマイクロビジネス(小規模経営)といえる。そんなマイクロビジネスは社会学的、経済学的に見るとやはり、特別な存在だ。そんな中、ここ数年目に付くのが「あまり開いていない店」だ。週に三回?二回?いや、一回か?しかし、開いているとすぐにわかる。行列ができているからだ。こんなマイクロビジネスはどう商売をしているのか?安定的な収入は確保できているのか?お客とはどう繋がっているのか?そして、毎日一人きりの仕事は寂しくないのか?その現状を調べるために、私たちは成功したマイクロビジネスの店を訪問した。


コロナのさなか2020年の七月にオープンしたチーズケーキ屋ソラシナは「あまり開いていない店」だ。見たところ、店舗は貸物件。男性のパティシエが一人でやっているよう。営業日の十二時から販売スタート。開店の三十分前からすでに列ができ始めている。そして、三時ごろに行ってみると、完売でお店はもう閉まっている。実質営業時間は三時間もないのではないだろうか。



店の立ち上げから経営まで全て一人

店主兼パティシエは岩瀬良輔(いわせ りょうすけ)さん。お店が開いている日の夕方にインタビューをお願いした。


まずは、なぜ西荻にお店を出したかについてうかがったところ、西荻在住だとのこと。

「あ、住んでます。そうなんです。それで、自分でお店したいなぁって、探したんです。(前はケーキ屋をやってたそうですが)あ、そうですね。いろいろとやっていました。ケーキ屋とホテルとか。ま、ずっとケーキ作る仕事はしてたんですけどね。学校も出てます。製菓の、お菓子の学校。…そこからずっとこの仕事ばっかり(笑)。(出身は)四国です。」


「東京は高校出てからです。専門学校が東京の製菓の専門学校で。それからずっと東京です。パティスリー専門のです。そうですね。えーと、今僕三十三歳なので、もう十年以上前です。二十歳の時に学校出て、そっからホテルで努めて、で、ケーキ屋入ったりとか。(ホテルは)東京です。高輪です。高輪プリンスホテル。一つ前の職場が吉祥寺だったんです。吉祥寺のカフェのデザート専門で勤めてたんですけど、隣の西荻窪に、近いんで住んでた。」

「お店はもうずっと学生の頃からしたいなと思ってたんで。三十超えたらしようかなって決めてたんで。で、場所をどうしようかなと思ったときに、西荻、すごい雰囲気よかったんで、あ、ここでしたいなぁって思って。吉祥寺じゃなくって西荻がよかったです。やっぱり、先ほどもおっしゃっていましたけど、個人店が集まってる。個性的な町だと感じてたんで、ぼくも、あの、チーズケーキ専門店なので、個性的な店(笑)。なんかこう、合ってるかなと。」

岩瀬さんは開業してからに二年間、休みがほぼないそうだ。休みがない…。営業日は少ないのに休みがないとは?

「単純に、あの、一日営業するものを仕込むのに、二日は絶対仕込みにいるんですね。なんで、単純に週に二日の営業になってしまうんですよね。買い出しは今日みたいな営業終わってから行きます。(忙しい時にすみません)あ、いえ、ぜんぜんいいですよ。なんで、今週はまた金曜日が営業日なんですけど、明日明後日、丸一日朝から仕込みで…。金曜日に開けて、また終わったら片付けして買い出してって。(キッチンは)ここ。」

当然だが、店を開けているときだけが仕事時間ではないのだ。一人で店をやっていくためには、買い出しから仕込みまで全て一人でやらなければならないため、必然的に営業日が減るということなのだ。


一人で作って一人で売るのは大変な仕事だ。最初から一人でやるつもりだったのだろうか。

「はい、一人で。一人でやるつもりだったので、何も宣伝も…。あまり、バーッてなられても困るので、宣伝も何もしないで始めたんですけど、結果今これで、ありがたいっていう感じなんですけど。」


一人で経営することに決めた理由を、岩瀬さんはこんな風に話してくれた。

「自分で作れる範囲でやるので…というところですね。なんかこう、同じレシピでも作る人が違うとやっぱり味が違う…それが嫌で…。自分のできる範囲で、やっていきたい。(一人で仕事をするのは楽しい?)ぼくは楽しいですね。(寂しくない?)寂しくないです(笑)。ぜんぜん。むしろ、ぼくは他にスタッフがいるとそっちの方に気をつかっちゃう…。あまりこっちにこう集中できない。ひたすら黙々とやっています。作るの。(入り込んじゃうほう?)ああ、そうですね。」

とにかく余計なことは考えないで、自分が納得いくチーズケーキを作る方に集中したいという気持ちが伝わってくる。


ソラシナの店舗の内装は、白を基調としてシンプルだがとてもおしゃれだ。実は、岩瀬さんは、内装も自分自身でやったとのこと。ここは貸物件。以前はモロッコ料理タムタムが入っていたスケルトンの物件だった。

「全部自分で作りました。全部スケルトンでやっていたので、全く何もない状態だったんです。ま、そっから、自分で、これ(壁)も全部自分で塗って…やりましたやりました(笑)あーでも、三週間くらいですかね。天井もやって。(カウンターテーブルなどは?)それも自分でやりました。大まかなやつは…土台は大工さんに作ってもらいまして、これを塗ったりとかは。最初はわかんなかったんですが、教えてもらったんです。」

(岩瀬さんがお店の内装をやっている様子はこちら⇒ YouTube 【みんなの飲食店開業 café開業事例 チーズケーキソラシナ】飲食店店舗作りから開業まで Part5 より)



コンサルタントを魅了した個性的なチーズケーキ

岩瀬さんは開業を目指して、資金を貯めた。しかし、いざ開業・・・と思ったものの、どこからどう手を付けていいかわからなかったとのこと。そこで、岩瀬さんは飲食店専門コンサルタント、株式会社M&Aオークションのセミナーに参加した。

「セミナーとかをけっこうやられているんです。開業にあたってのいろんな。そのセミナーを受けて、無料相談で結構相談も聞いてくれるところ。そういうので、ま、ちょっと、自己資金はこうで、こういうのしたいんですっていうので。」

セミナーの後、開業サポートの担当がつく。ソラシナの事案は会社としても面白いサンプルだったらしく、開業までの九か月間を動画撮影し、YouTubeで紹介されている。(全七本、第1はここ).


動画の中でコンサル担当の金子圭太さんがこんなことを話していらっしゃる。「これはまずだめだと思った。自己資金が少なかったじゃない?でも、踏み込んで聞いたら、チーズケーキ専門、設備が軽い、立地にこだわりがなかった。」個性的な商品に特化したチーズケーキの専門店、ということには可能性を感じたようだ。

ソラシナのチーズケーキは、長い時間並んでもお客が買いたいと思うチーズケーキである。月によって種類は変わったりするが、お店に並ぶチーズケーキはだいたい五種類。試作に試作を重ね、納得したものだけを商品として出している。どうしてチーズケーキ専門店にしたのかをうかがった。

「チーズケーキが一番作ってて面白かったんです。これしかやりたくないなって思って。組み合わせがいろいろできるんです。作り方もたくさんありますし。レアチーズだったり、スフレだったり、ベイクド…、ま、いろいろ種類も作れますし。チーズケーキっていうだけでカテゴリーも、その、確立されていますし。そこにちょっと魅力を感じて…。」

「ケーキ屋とかホテルでもチーズケーキは作るんですけど、ま、作ってる中で、楽しかった…圧倒的にそこだけ楽しかったので。なんですか、その、もっといろいろできる…こういうの入れたらもっとこうなるんだっていうのが、すごいばーっと出てきて…。」

「ショートケーキとか作っててもなんかこう、その先の発想が全然出てこなかった。いちごのショートケーキってあれだけで完結されてるじゃないですか。ま、中のフルーツ、メロンとか入れてる店もありますけど、そんなに伸び代がないかなって思って。チーズケーキって、チーズに合うものだったらけっこうなんでもいけるような感じだったので。そうですね、チーズの種類も変えられますし。チーズと合うものだったら入れて全然OKかなって、どんどん、これもできるかなってなってきて。」

岩瀬さんがとにかくチーズケーキの魅力にハマってしまい、ソラシナ誕生と相成ったそうだ。

「ベースはやっぱりクリームチーズですけど、アクセントでマスカルポーネだったり、あと、ミモレットとかも使ってたんです。フランスのチーズなんですけど。あとゴルゴンゾーラとか使ったときもありました。アクセントでちょっと違うチーズを入れてベースはクリームチーズ。」


岩瀬さんは、ちょっと風変わりで個性的な、手の込んだチーズケーキを出す。五月のメニューは、 定番の「カプチーノ・バスクチーズケーキ」に加え、「イチジク、バニラとカルダモン」、「ずんだ、黒ゴマ、マスカルポーネ」、「ピーナッツバター・スコッチ」、「プルーン、はちみつ、ブルーチーズ」といった品ぞろえだ。

店に出されるチーズケーキは、それぞれ作り方が違う。よくある、ベースが同じで入れるものを変えるだけ、ではなく、それぞれのおいしさが最も出る作り方にこだわっている。

「違いますね、一つ一つ。今回ので言うと、バスクは全然作り方が違うんで。高温で一気にサーっと焼く。で、ちょっと表面が焦げるんですけど、中がとろーっとしてるようなしっとりしているよな。あとは、イチジクとか湯煎焼きっていう、バットにお湯を張って焼くので蒸し焼きみたいなんです。で、ちょっとしっとりした。プルーンとかは、普通にオーブンで焼くタイプ。しっかり火が入ってていう。全然作り方が…全部違いますね。」

もちろん、チーズも変えている。

「バスクはフランスのクリームチーズと北海道のクリームチーズをあわせていまやっています。フランスのクリームチーズはちょっと塩っ気があるんですよね。塩分が多いんで。北海道産はちょっとまろやかな。だから、合わせて…。イチジクはクリームチーズがベースなんですけど、けっこうサワークリームとかが入っています。ちょっと酸味が結構あります。きゅっとこう、引き締まる…。(チーズの仕入は)ばらばらですね。買い出し行ったりとか。」

「(黒胡麻ずんだのチーズケーキ)は黒胡麻結構こだわりまして、国産の黒胡麻なんです。外国のと比べると全然香ばしさが…。中国が多いんですけど、全然味わい、香りが違う…。(ピーナッツスコッチはアメリカっぽいけど?)けっこう生地にバターを入れてる。でも、チーズの味が一番利くので、ちょうどいい味わいには。」


よくある、「本場の」チーズケーキだとか、「本格的な」チーズケーキといった冠は意識しているのだろうか。

「あー、考えていないですね(笑)。単純にぼくが好きな食べたいチーズケーキを出しているだけなんです。ぼくが甘いのが得意じゃないんです…、(買いに来る方は、甘いのがあまり得意じゃない)そういう方が結構多いですね、聞くと。普通のとは違う感じでやっているような気がします。どっちかっていうと料理の要素とか入っている。」

楽しそうにチーズケーキのことを話す岩瀬さん。岩瀬さんのチーズケーキのバリエーションはまだまだ広がっていきそうだ。




魅力的なレシピでビジネスは軌道に

さて、ここで、世間の誰もがずっと気になっていることについてうかがってみることにする。

営業日が少ないのは仕込みの時間が必要だからだということはよくわかった。気になるのはビジネス的な状況だ。

「赤字か黒字かですか?あの、赤字ではないです。今まで務めた中では一番収入がある。」

とのこと。ちなみに、お店を一回開けて売り切るケーキの数は百五十個ほど。多くて二百個。お客数としては一人四個買ったとして、三十人から五十人ぐらいであろう。

「そうですね、五十くらい…。結構なくなってきて、でも列があるときはお断りして…。売り切り…。予約はしてないんですよね。なんかこう、いっぱいいっぱいに…。(インターネット販売は?)そうですね。してないんですね。うーん。チーズケーキ自体は全然、あの、ネットとかでも大丈夫なんですけお、あんまり、そうですね…。」

チーズケーキの味にとことんこだわりたいので、販路を増やして仕事が煩雑になるのは避けたいという様子である。

とはいうものの、実は、開店当初はカフェ兼テイクアウトのお店だったそうだ。

「一応、ほんとに最初はコーヒーと一緒に出そうかなっと。そいであの、器具とかも買ってたんですけど、ぜんぜんそれ、もう余裕がなくなっちゃったんで。もうそんな、淹れている暇なんてない…。テイクアウト専門店に変えました。」

「最初は数も今の半分くらいで、営業日も今の倍くらいだったんです。予想以上にあっという間に売り切れたりしてしまうんで。(宣伝は)まったくしなかったんです。看板で。ぼく、何も発信してないんで。インスタグラムはしてますけど。」


しかし、ようくうかがってみると、ビジネスは店舗でだけ行われていたのではなかった。実は、岩瀬さん、個性的で魅力的なチーズケーキの商品力を買われ、チーズケーキのライセンシービジネスもやっているとのこと。仲介役は開業をサポートしてくれた株式会社M&Aオークション。

「 (M&Aオークションのライセンスビジネスは)初の試みらしいんですけど。おもしろそうですねーっていうので。そういうビジネスの方法のあるのかなーって。」

「ライセンス用のチーズケーキを考えて、それをライセンシーの方にちょっとお渡しして…。」

「うちの名前は出してないです。ぼくの名前は出してない。(ライセンス料は)そうですね。初回と、毎月と…。(作り方を教えたりは?)あります。講習会みたいなのが。あ、ここで。(向こうの料理する人がいらっしゃる?)はい、やられている方が。」

飲食業界では、レシピは公開されるとそのままタダで流通してしまうというのが常だそうだ。しかし、個性的で商品力が強ければ、こんなビジネス展開ができるのか、と驚かされた。

そんなソラシナのチーズケーキを買うために並ぶお客達は、かなり遠方からやって来たりもする。

「結構遠くから、地方、県外とか。京都からっていう方もこないだいらっしゃいました。用事で来られたらしいんですけど、ここも目的地の一つに入れて、一番目に先頭に並ばれて。これからもう帰るんで…って話だったので、たくさん保冷剤を入れた記憶があります。」

コロナ予防を考慮し、店舗に入れるのは一人ずつだ。だが、岩瀬さんは忙しい中、一人一人のお客と、ケーキを包みながら話をするなどコミュニケーションをとり、ケーキの入った紙袋はカウンターから出て手渡しをする丁寧な接客ぶりだ。


最後に、今後の展望についてうかがってみた。今後もこのスタイルで続けていきたいのだろうか。

「そうですね。倒れない限り。」

「ゆっくり考える時間がないので、ちょっとまだあれなんですけど…このスタイルではいくと思うんですけど…。」


ビジネスを立ちあげ、軌道に乗せるためには、人、物、金が必要である。人気店になろうと思えば、それなりの人員、商品、資金が必要であろう。しかし、岩瀬さんは限られた資金で、一人で、魅力的だが少ない商品で、飲食系マイクロビジネスを立ち上げ、軌道に乗せた。 一人でではあるが、個性的な商品はコンサルタントを魅了し、開店のために力強いサポートを引き出した。そして、彼独自のレシピはライセンスとしての価値を見出され、それもまた商品となった。新しいビジネスチャンスだ。この小さな店の店主の話から、今、小規模飲食店の起業家達にとって新しいビジネス環境が生まれているようだと感じた。(ファーラー・ジェームス、木村史子、2022年8月4日)

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