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夜の小鳥たちよ、西荻窪へようこそ

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JR西荻窪駅の南口。今夜は誰かと杯を交わしたい、そんな気分で賑やかな飲み屋街に足を踏み入れると、一際明るい一軒の店が目に飛び込んでくる。開放的な店先からは楽しげな声が漏れ聞こえ、店内や窓際のカウンターには人で溢れていた。その店の名は「小鳥遊(たかなし)」。オープンから瞬く間に、この街の新しい顔となった人気店だ。その成功の秘密に惹かれた私たちは、若くカリスマ的なオーナー、園田めぐさんに話を聞く機会を得た。彼女が持つ温かさと、人を惹きつけてやまない魅力は、わずか数年で彼女をこの界隈の有名人にしたのだ。

 

まず私たちが伺ったのは、店名についてである。日本人にとっても馴染みのない、そのユニークな漢字表記に、誰もが興味をそそられるはずだ。

「お店の名前は『小鳥遊(たかなし)』です。小鳥遊って書いて『たかなし』って読みます。周りの方からも珍しい名前だとよく言われます。まるで『あて字』のようですねって。私が作ったわけではなく、日本語の変換でも出てくる名前なんですよ。とても良い名前だと思います。」

 

一度聞いたら忘れられない、印象的な響きと字面は、単に珍しいからという理由だけで選ばれたわけではない。その名前には、彼女がこの場所に託した願いが込められていた。

 

「小鳥が遊べるところに天敵の鷹が居ないっていう。だから、鷹がいないから『鷹(たか)無し(なし)』なんです。そういう場所にしたいなって。」

 

小鳥たちが安心して羽を休め、自由にさえずり、仲間と遊ぶことができる場所。そこには、彼らを脅かす鷹の姿はない。敵がいない、心から安らげる空間。それが彼女の作りたかった『小鳥遊』の原風景なのだ。どのようにそのような空間を作るのだろうか。

 

「みんなで鷹を追い払います。小鳥が集まって協力して(笑)」

 

店主が一方的に安全な場所を提供するのではない。ここに集う客、つまり”小鳥”たち自身が、互いに協力し合い、尊重し合うことで、初めてそこは本当の意味での「鷹のいない」空間になる。カウンターを挟んで生まれる一体感こそが、『小鳥遊』の温かい雰囲気の源泉なのだろう。

 

保育士から飲食の道へ。予期せぬキャリアチェンジ

 

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「居場所作り」。彼女の口から出たその言葉の背景には、彼女のユニークな経歴があった。

 

「学生の時にいろんなアルバイトして、焼肉屋さんが一番長くて、プラスで居酒屋もしてて。もともと保育士を目指して保育の専門学校に通っていたのですが、飲食業が好きだなって思って。仕事にしたいと思ってなかったけど、楽しく働きたいからやっぱり。私は人と違うことしたいから、保育士は私じゃなくても他の人でもできるなって思ったんです。人が集まる『居場所作り』をしたいなって。」

 

保育士と飲食店のオーナー。一見すると全く異なる職業だが、飲食での仕事に保育の仕事が共通する部分があるのだろうか。

 

「はい、似ていますね。やることは違わない。みんなと喋って、空間作って。」

 

しかし、飲食で独立開業という具体的な目標に結びついたわけではなかった。彼女の人生を決定的に動かしたのは、誰もが予期しなかった、世界的なパンデミックだった。

 

「本当は、保育士になるのをやめて、留学を考えていました。発展途上国のボランティア活動とか、そっちで子どもたちに食育したり、農業体験などを卒業後にやろうと思って。なので一旦アメリカへの留学も決まっていて、1年半向こうで大学で語学と、農家さんの家に住まわせてもらって、帰ってきてどうしようかなって考えようとしてたんですけど、卒業の時期がちょうどコロナ禍と重なっちゃって、出発の3日前に留学が無くなっちゃって。就職活動もしていなかったので、それまでアルバイトをしていた3店舗で、そのまま1年間フリーターをしてて。」

「そしたら、そのうちの1つのアルバイト先で雇ってくれてる人から、『ここが空いているけれど、もう少し日本にいるつもりならやってみないか』と声をかけていただきました。当時23歳だったので、あんまり考えることなく『やってみよう』と始めてみたのがきっかけです。」

 

もし、コロナがなければ。彼女は今頃、全く違う人生を歩んでいたかもしれない。しかし、運命は彼女を西荻窪の、この場所に引き寄せたのだ。こうして、めぐさんの「居場所作り」の舞台は、西荻窪の駅前に決まった。多くの飲み屋がひしめくこの街で、しかも駅のすぐ隣という一等地。どのような人に紹介してもらったのだろうか。

 

「吉祥寺で商売やってる方で、不動産を会社で扱っている方でした。ここは元々違う人に貸してて、私が居たから声かけてくれたんです。」

 

家賃は思いの外高くなかったようだ。

「そんなにしないです。駅に近いので高いと思われがちですが、物件って間にどのような方が入っているかによって変わるので、立地の良い通りに面した店の方が家賃が高いですよ。」

 

しかし、駅近の不動産をとれたことは幸運だったという。

「はい、本当にラッキーでした。アメリカも今でも行きたいし、行ってたら全然違ったと思うけど、コロナなかったらこの店もないので。ラッキーです。」

 

確かに幸運はあっただろう。しかし、その幸運を掴むことができたのは、彼女がそれまで真摯に働き、周囲との信頼関係を築いてきたからに他ならない。彼女の人柄が、この絶好の機会を引き寄せたのだ。

 

そして2021年7月にオープンした『小鳥遊』だが、当時はまさにコロナ禍の真っ只中。コロナ禍でのオープンによる苦難はあったのだろうか。

「はい、大変でした。7月の半ばから10月1日まで、お酒が出せない期間合ったじゃないですか。オープンしたものの、1週間ほどは知り合いしか来ない状況で、3ヶ月間お休みしました。ただ、(10月に)再開したけど20時や21時までの時短営業だったので、閉店後にお客さんとまだ開いているお店に一杯飲みに行くこともありました。それで仲良くなったりとか。最初からフルでやってたら飲みに行く時間もなかっただろうし。色々な場所で会って『あ、あそこの子なんだ』って友達になったりしたり。」

 

時短営業を強いられていた情勢の中でも夜遅くまで営業していたお店もあったようだ。

「ありました。おそらく補助金をもらっていなかったお店だと思います。私は開店直後だったので、補助金もなく。」

「家賃の支払いなど、今思えば大変でしたが、勢いで始めたぐらいだし、7月に開店して10月だったので、経営のことも全然考えてなかったから。当時はそんなに大変だとは思っていませんでしたね。」

 

「大変だとは思っていなかった」。その言葉に、彼女の天性のポジティブさと、物事の本質を捉える力が表れている。目先の困難に囚われるのではなく、「人が集まる場所を作る」という目的だけを真っ直ぐに見据えていたからこそ、彼女は揺らがなかったのだろう。

 

「みんなが常連にしてくれる」コミュニティの作り方

 

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時短営業中の交流がきっかけとなり、少しずつ『小鳥遊』の存在は街に認知されていった。しかし、店を始めるまでは西荻とは縁もゆかりもなかったというめぐさん。どのようにゼロから「常連」を増やしていったのだろうか。

「私はお店をやるまで、西荻窪で飲んだこともなかったんですよ。だから、知り合いが元々いたわけじゃないし、お店のお客さんも全員知らない人でした。なので、最初は本当にいろんな他店を見に行って、ご挨拶して、自己紹介して。仲良くしてくれた人が、また違うお店を紹介してたりして、結構色んなところに飲みに行ってました。お客さんとも一緒に。今は、もうお店の雰囲気ができたから、新しいお客さんが来ても私が何かするっていうわけじゃなくて。そのお客さん、常連さんが新しいお客さんを巻き込んで、みんなを常連さんにしてくれてるって感じです。ここにきてる人って、もちろんご飯が美味しいとか、スタッフが好きで来てくれてる人も多いけど、今はお客さん同士の繋がりの場所だと思ってて。常連さんが多いから、『ここに来ればいつものあの人たちがいる、あの人に会えるかも』みたいな。それが大きいんだと思います。」

 

『小鳥遊』は、もはや単に飲食を提供する場所ではない。「誰かに会えるかもしれない」という期待感を胸に訪れる、サードプレイスとしての機能を果たしているのだ。その引力は絶大で、足繁く通う客は後を絶たない。

 

「週に3、4回くる常連さんはいっぱいいます。毎日の方もいるし。」

4周年に向けて作られたスタンプカードも、そんな常連たちへの感謝の気持ちの表れだ。

「スタンプカードは今だけで、7月で4周年になるから、それに向けてのイベントです。」

 

しかし、常連客が多い店は、その結束力の強さゆえに、新規の客にとっては敷居が高く感じられることがあるのも事実だ。その点について、彼女自身も自覚しているという。

 

「お店に来たことが無い人にとっては常連さんが多いお店だから入りづらいはすごく言われます。新しい人ウェルカムじゃないんじゃないか、って思われるけど、全然そんなことないし、一回入ってもらえればもうみんなが喋りかけてくれるし、『一回来たら常連だよ』って言ってます。」

 

「一回来たら常連だよ」この力強い言葉こそ、『小鳥遊』が持つ開放性の証明だ。内輪で固まるのではなく、常に外に向かって開かれている。だからこそ、コミュニティは澱むことなく、新しい風を取り込みながら成長し続けることができる。そんな温かい雰囲気に惹かれて集まる客層は、実に幅広く、性別や年齢も問わない。

 

「ちょっと男性が多いかもしれないけど、ほとんど一緒です。女性4割、男性6割くらい。年齢?すごい幅広くて。」

特定の年齢層や性別に偏らず、様々な人々が自然に集い、交わる。これこそ、彼女が目指した「居場所」の理想的な姿に違いない。

 

 

店長から社長へ。「感覚派」オーナーの経営術

 

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大学を卒業したばかりでの店を開いためぐさん。当初は物件を紹介してくれたオーナーに雇われる形で「店長」としてスタートした。

 

「最初の1年間は声をかけてくださった方に雇われて店長をしていました。独立するつもりはなかったんだけど、お客様が増えて思ったよりも大丈夫そうってなった時に、その方が『自分の会社を作ってみたら』と言ってくれたし、私がいつか海外に行きたいと思っていることも分かってくれてるから、『その時に雇われていたら動きずらいけど、次の自分の会社にして、今スタッフもたくさんいるけれど、任せられるようになったら、私は抜けられるのも、オーナーの方がやりやすいから』と提案してくださったので、それから1年ほど経った2022年に会社を設立し、お店を買い取りました。『コトリアソビ』という会社名です。でもダメダメですが。」

 

はにかみながら「ダメダメです」と謙遜するが、彼女は20代半ばにして、「コトリアソビ」の社長となった。店のコンセプトそのものを社名に掲げ、彼女の挑戦は新たなステージへと進んだ。しかし、彼女の経営スタイルは、一般的なセオリーとは少し違うようだ。我々はその経営術を伺った。

 

「飲食店のオーナーさんって2種類いて、きちんと数字を管理して原価率なども考慮して経営する方と、感覚的に経営する方が多いと思いますが、私は完全に感覚で、もちろん数字は見ていますが、体感で動いていますし、今はスタッフも多いから、みんなの生活があるのでお金を稼がないと、という気持ちはあるけど、最初は一人でスタッフもいなかったから、お金が欲しいというよりも、楽しく働いて、みんながここで過ごしてくれたら良いと考えていたので、そんなに考えてなかったです。結果的にはうまくいきましたが、やはり今は経営をしっかりしなければならないので、分からないことは人に聞きつつ、勉強中です。」

 

この「感覚」を重視するスタイルは、彼女がスタッフを育成する上での、ある種の難しさにも繋がっているという。

 

「料理とかお客様と接することは好きだからできてるんだけど、スタッフを増やしていくとなると、料理経験のない人には教えなければならないし、接客も私は自分の色を出しやすいというか、好きだから自然にできている。例えば、変な人がいた時に注意することも、あまり考えずにできちゃうんだけど、それをスタッフに教えるのが難しいです。私は全部感覚の人だから、考えてやっていたら言葉で説明できるんだけど、考えてやっていないから、言葉で伝えられないんですよ。」

 

マニュアル化できない、言葉で伝えきれない「空気感」。それこそが、彼女が作り上げてきた『小鳥遊』という店の最大の価値なのかもしれない。彼女は、自身が守りたい店の雰囲気について、こう語る。

 

「毎日常連さんが来てくれてるけど、まるで家に帰ってくるみたいに、ここに来れるような暖かさじゃないけど。例えば、グラスが空になった時、もちろんお酒を飲む場所だから『おかわりいかがですか?』と聞きますが、その言い方一つでお店の雰囲気って変わると思うんですよ。人を見て言い方を変えます。しかし、それはグラスを見ているだけではダメで、お客様と話している時でも、皆さんの様子を見て、その人の飲むペース、食べるペース、どのくらいでおかわりするだろう、というのをいつも見ていないと、その人に合ったタイミングで声をかけられないんです。っていうのも私は感覚でできていましたが、スタッフみんなにそれをやってもらうのはとても難しい。私が作ったお店ですし、守りたい雰囲気があるから、私がここにいない時に、同じ雰囲気をスタッフにも作ってほしい。もちろん違う人間なので全く同じにはできないし、その伝え方が難しいかなって。」

 

それは、接客という言葉を超えた、人と人とのコミュニケーションそのものだ。一人ひとりの客を個人として深く理解し、その人に寄り添う。言葉にできないその「感覚」を、彼女は背中を見せることで、スタッフたちに伝えようとしているのだろう。

 

そんな「小鳥遊」の日々の営みは、一体どのようなものなのだろうか。営業時間や来客数からめぐさんの多忙さが見えてきた。

 

「営業時間は、平日は17時から深夜1時くらいで、土日は夕方の3時半から深夜1時か2時くらい。まあでも飲食はみんなこれくらいですよね。お客さんは少ない時で多分60人から70人くらい。週末は多い時で120人くらいかな。」

 

夜遅くまでの立ち仕事の中で、お客さんと一緒にお酒を嗜むこともある。

「飲みますよ。けど、やっぱり、気をつけてるわけではないんですけど、この中(カウンター)にいると自然と気持ちが高ぶって、あの飲んでもそんなには酔っ払わないです。自分の誕生日のイベントとか、スタッフも一人多くて、気持ち的に『今日は私酔っ払っても大丈夫』っ思うと酔っ払いますけどね。」

 

と言いながら彼女が立つ厨房はかなり狭い。

 

「キッチンは広くないです。でも最初は1人でやっていたので、大皿をここに並べて、頼まれたらよそって手渡すだけ。もつ煮なども仕込んでおきます。営業中にやることはよそうだけです。あとは揚げ物なので、仕込んであるものを油に入れて盛り付けるだけ。1人でもできるようにメニューを作ったので。」

 

限られたスペースで効率よくたくさんの料理提供するための、徹底した仕込みとオペレーションの構築。ワンオペでも店を回せるようにと考え抜かれたメニュー構成。その裏側には、彼女の緻密な計算と経験が隠されていた。お酒だけでなく食べ物を注文する客も多いという「小鳥遊」の料理のこだわりを伺った。

 

「私がいない時はみんな(スタッフ)が作っています。あとは、日替わりの、毎日変わるものを用意してます。その日の人が自分でメニューを考えています。ずっと同じメニューだと毎日来ても飽きちゃうけど、毎日変わるから、変わるものを楽しみにみんな来てくれる。やっぱり選んだ食材とか、味付けが変わるから。」

 

常連客を飽きさせないための最大の工夫は、「日替わりメニュー」だ。しかも、それはその日に出勤しているスタッフが自分で考えて作るという。訪れるたびに新しい味に出会える驚きと、作り手であるスタッフの個性が発揮される楽しさ。それが、客たちの足を何度も店へと向かわせていた。

 

女性が働きやすい場所を目指して。2号店、阿佐ヶ谷へ

 

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『小鳥遊』が西荻窪の街にしっかりと根を下ろした頃、めぐさんは次なる一手を打つ。2店舗目、『日日夜夜(にちにちやや)』の出店だ。しかし、その動機は単純な事業拡大ではなかった。そこには、共に働くスタッフへの、そして飲食業界で働く女性たちへの、彼女なりの深い想いがあった。

 

「(2店舗目を)始めたのは勢いなんだけど、1店舗だと雇えるスタッフの数ってどうしても限られちゃう。…2店舗あったら今10人くらいいるけど、10人いれば誰かが1人が抜けても何とかなるし。この間大手町の女性がやっている居酒屋さんの人と対談をさせてもらったんですけど、この方もやっぱり女性オーナーだからこそ『飲食って女性がすごい働きづらい』。仕事内容的にもそうだし、例えば今私が妊娠したら絶対働けない、お酒を飲めないし。だけどなんか、スタッフも女性いるけど、『女性が結婚して妊娠しても働きやすいお店にして会社にしたい』んですよ。そうなると2店舗になってスタッフが何人かいないと、例えば3、4人でここ一つをやってて、結婚して妊娠したら、もう辞めてもらうしかなくなっちゃうからっていうのもあります。」

 

2店舗体制にすることでスタッフの数に余裕を持たせ、急な欠員にも対応できる柔軟な組織を作る。それは、スタッフたちが安心して長く働ける「居場所」を作りたいという、彼女の想いの表れだった。

そして、新たな店舗の場所に選んだのは、隣町の阿佐ヶ谷。場所の選定の経緯も伺った。

 

「元々、三鷹から吉祥寺、西荻、荻窪、阿佐ヶ谷、高円寺、中野ぐらいまででやりたかったんです。中央線の飲み屋がいっぱいあるところだから。で、色々全部行ってみた結果、最初の印象は阿佐ヶ谷が一番西荻窪に近かった。みんなの飲む感じが年代層も多いし、小さい個人店が多いし、飲み屋が集まっているという場所もあるから近いから阿佐ヶ谷を選んだんですけど、行ってみると全然違って。ちょっと言葉で言いづらい。西荻窪で飲む人はもう西荻窪からほとんど出ないじゃないですか。皆さんそれぞれの街を愛してるっていうところもあるんだけど。特に客層で言っても、もちろん幅は広いんだけど、阿佐ヶ谷の方が20代から40代がギュッてしてる感じなんですよ。」

「お客様同士の距離感も、西荻窪はみんな仲良いけど、阿佐ヶ谷の方がもっと、親密かも。出会った人と出会った人が。」

 

「(阿佐ヶ谷の)家賃は西荻窪とそれほど変わらなくて。どっちも土日は中央線が止まるので、というのもありますし、阿佐ヶ谷の方が新宿から近いので、物件によっては少し高いかもしれないけど。」

 

しかし、決め手は立地だけではなく、物件にもあったという。

 

「阿佐ヶ谷の物件は、初めて来た人は皆面白いと言ってくれるのですが、とても細長くて変わった物件なんです。その面白さで決めたっていうか。幅狭くて、長さが2倍くらい。1階が少し長い立ち飲みで、階段があって2階に行くと、テーブルがあって。窓からの眺めがとても良くて。2階の人はゆっくり飲みながらご飯を楽しむ感じ。で1階がここ(西荻窪の店)と同じで、みんなで飲む感じ。」

 

そして、阿佐ヶ谷の店では、西荻窪の『小鳥遊』とはまた違ったアプローチで決められた。それは、一人のスタッフの個性を最大限に活かすための選択だった。

 

「阿佐ヶ谷のお店は、私が最初に始めて、途中で女性スタッフが入って、その後に男性スタッフが入ったのですが、彼が元々洋食が得意だったんです。それで、もう1店舗やるきっかけにもなりました。ここだとできる料理が限られてしまうので、その子が自分の得意な洋食を活かせるお店を作ってあげたいと思って、阿佐ヶ谷にお店を出したんです。料理は任せていて、彼に合わせたメニューにしています。」

 

西荻窪の『小鳥遊』が大皿料理や和食中心なのに対し、阿佐ヶ谷店は洋食をメインに据えている。それは、洋食を得意とする一人のスタッフが、存分に腕を振るえるようにという、めぐさんの親心にも似た想いから生まれたコンセプトだった。また、西荻と同様、店の特徴である要素が、「立ち飲み」というスタイルだ。これもまた、彼女の強いこだわりから生まれた選択だった。

「私が立ち飲みが好きで、吉祥寺の「ハーモニカ横丁」でも働いていたんですよ。そこは本当に小さいカウンターで、5、6人入れば良いかなというくらいの店で。立ち飲みの方が、隣の人と会話が生まれやすいし、私は好きなんですよ。だからお店をやるなら絶対に立ち飲みが良い、と迷わず決めて。立ち飲みにしていなかったら、多分うまくいっていなかったと思います。だって、駅前だからこそ立ち飲みって入りやすいじゃない?フラッと入って、一杯でもOKで次に行けるような。座っちゃうと、長居しなきゃいけないのがあるし、入りづらいと思うから。」

 

立ち飲みによるお店の回転率を伺った。

 

「お酒を飲むスピードは上がるけど、ここは常連さんも多いから、回転も早いけど、ずっと居る人もいる。5〜6時間居てくださる人もいるから、半分くらい回転してって感じ。そういう意味では売上っていうか、お客さんが入ってくる量とかも、一応良かったりすることもあります。向こう(阿佐ヶ谷)は初めて1年で、まだまだお客さんをもっと増やしたい時期なんですが、ここ(西荻)が安定しているので、新しいことにチャレンジできてます。」

 

吉祥寺ハーモニカ横丁で体験した、客同士が自然と触れ合う立ち飲みの空気感。フラッと入れて、一杯だけでも楽しめる気軽さ。座席の店よりも、人と人との距離がぐっと近くなる、あの独特の熱量。それこそが、彼女が作りたい「居場所」の理想形だった。回転率という経営的なメリット以上に、コミュニケーションが生まれやすい空間であること。それが、彼女が「立ち飲み」にこだわり続ける理由なのだ。

 

街を愛し、人を繋ぐ。西荻窪への恩返し


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めぐさんの活動は、自身の店の経営だけに留まらない。他の店との繋がりを伺う中で、彼女のエネルギーが店という枠を飛び越え、西荻窪という街全体へと向けられていることが見えてきた。

 

「(他の店との繋がりは)たくさんありますよ。西荻窪の飲み屋をはしご酒をするイベントを私がやっているので、去年5月にやって。42店舗のお店に声をかけて、4日間の街のイベントとして行ったので、そこに西荻窪のたくさんのお店に参加してもらっています。私の理想は、どんどんどんどんイベントに参加してもらって、西荻窪の街を盛り上げることです。この街で飲む楽しさを、外の人にも知ってもらえるようなイベントをやっています。」

 

このはしご酒イベントはめぐさんが企画したそうだ。

 

「私が言い始めて、勢いでやったんですけど、今4回やって、イベントがすごく大きくなってきました。どんどん手が回らなくなって、たくさんの人に手伝ってもらっています。」

 

たった一人、「勢い」で始めたイベントが、今や40以上の店舗を巻き込み、街を代表する一大イベントへと成長した。それは、彼女の情熱と行動力、そして何より、彼女がこの西荻窪という街を深く愛していることの証だ。

 

「再開発はしちゃいけません。西荻窪の良さはこの街並みなので。ここが無くなっちゃうと西荻じゃ無くなっちゃうので。みんないなくなっちゃうと思います。」

 

街の再開発の噂について尋ねた時の、彼女のきっぱりとした口調が印象的だった。人間味あふれる街並みこそが西荻窪の宝であり、守るべきものであると彼女は確信している。

 

夢の続き。飲み屋から始まる、未来の村づくり

 

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インタビューの最後に、彼女がこれからどこへ向かおうとしているのかを尋ねた。

 

「お店は、何かきっかけがあれば増やすかなっていう感じ。お店をたくさん増やしたいっていうわけではないし、やりたいことがたくさんあるので、お店をやる以外にも他のことも仕事にしたい。例えばその途上国に私たちが行かないとしても、こっちから何かしたくて。あとは、最近考えてるだけだけど、老人ホームを作りたくて。もともと保育士だったから。元々、ただのイメージだけど、『養護施設』じゃないけど、家に暮らせない子どもとのそういうコミュニティの場を作って、みんなで畑とかやりながらっていう場所を作れたらいいなと大学生の時から思っていて。人と喋ってるから人って元気だから。今このお店を始めて、一人暮らしの年配の方も多くて。今は飲みに来れてみんなで話せてるから元気だけど、ここに来れなくなったり、家から出れなくなった時に、一人暮らしの人も多いし、みんなで喋れなくなった時にどうするんだろうって思った時に、自由に、ここがそのまま住む場所になったみたいな、っていうのを全部作りたいって思ってて。」

 

子どもと、お年寄りと、そして社会から少しだけはみ出してしまった人々が、共に畑を耕し、食卓を囲み、笑い合う。それはまるで、一つの「村」のようなコミュニティ。彼女が大学生の時から抱き続けてきた夢は、保育士という道を経由し、今、この『小鳥遊』という場所で得た経験と繋がりによって、より具体的で、力強い輪郭を持ち始めていた。

 

「本当の理想は、子供もいて、おじいちゃんたちもいて、なんか小さい村ですよね。そういうのをやりたいって勝手に考えてるけど、壮大すぎて(笑)。」

 

壮大すぎると彼女は笑う。しかし、その瞳は本気だ。彼女なら、本当にやってのけてしまうのではないか。そう思わせるだけの力が、彼女の言葉と生き方には宿っている。

 

2店舗の経営、街を巻き込んだイベントの主催、そして壮大な未来の構想。彼女の話を聞いていると、その圧倒的な行動力とエネルギーに驚かされる。その原動力は、一体どこから来るのだろうか。

 

「やりたいことは全部やりたい(笑)。まだ28で若いからできてるっていうのもあります。若いから勢いで、今できることはやりたい。いろいろ考えて諦めるより、『今失敗しても大丈夫だ』と思ってるから。失敗したらその時考えよう、と思って。やりたいって思うけどなかなか第一歩っていけないじゃないですか。そのまま流れてなくなっちゃうのが私は嫌だから、何か思いついたりとかしたら、すぐそれを手伝ってくれそうな人とか、それに詳しそうな人に、もうその瞬間に連絡するんですよ。そしたら、誰かを巻き込むと動かなきゃいけなくなるな、と。」

 

「助けてくれる人たくさんいるから。思いついたら、誰かに言う、動く、っていう。」

 

「今、失敗しても大丈夫」。その言葉には、若さゆえの特権だけでなく、失敗を恐れずに挑戦することの価値を知る、しなやかな強さが感じられる。そして、一人で抱え込まず、思いついた瞬間に誰かを「巻き込む」。その見事なまでのフットワークの軽さと、人を信じる力こそが、数々のアイデアを現実のものとしてきた秘訣なのだろう。

 

また、将来的に結婚や家族など、ライフステージの変化があってもこの職業を続けていけるのか、彼女の考えを伺った。

 

「できると思う。まだ私は考えられてないんですけどね。でも私結婚して子供が生まれたら、西荻窪のこういう街だからこそ、街でみんなに育ててもらうぐらいに考えてます。」

 

「街でみんなに育ててもらう」。それは、彼女がこの西荻窪という街と、そこで築き上げてきたコミュニティを深く信頼しているからこそ出てくる言葉だ。彼女がもし結婚し、子供を産んだとしても、きっとこの店のカウンターには、子供をあやす常連客たちの笑顔が溢れることだろう。そんな未来を想像させる。そして、彼女は決して一人ではない。同じように奮闘する女性オーナーたちが、すぐそばにいる。

 

「そうですね。やきとり門傳をやってる、りりこさんって言う方が西荻窪と吉祥寺で2店舗の先輩だから、何か困ったことがあったら相談したり。結構女性いますよ。こういう時どうしてますか?みたいなことは、困った時に聞いたり、一緒に考えてもらったりしています。」

 

彼女の「居場所作り」は、まだ始まったばかりだ。西荻窪の片隅で灯った小さな一軒の店の明かりは、今や街を照らし、そしていつか、社会全体を温かく照らす大きな光になるのかもしれない。

 

「仕事だけど、仕事だと思っていないんです(笑)好きだから。お客さんがお客さんに会いに来るように、私もお客さんに会いに仕事に来ている。…家よりここにいることが多いので、ここが家です。毎日皆と会ってくだらない話をしているのが好きだから、日常過ぎて『意味』っていうか、『日常』って感じ。」

 

彼女の言葉を裏付けるように、「小鳥遊」はオープンから瞬く間にこの街に根付いた。性別も、年齢もさまざまな人々が、その誰も拒まない温かな雰囲気に惹かれて集う、多様性あふれる地域の拠点となっているめぐさんが創り上げたのは、単なるビジネスの成功ではない。それは彼女自身の使命であり、都市に生きる人々のための「サードプレイス」、そして共に働く仲間を支える温かな職場でもある。何より、そこは西荻の「夜の小鳥たち」が夜な夜な集い、賑やかに羽を広げ、時にはカウンターの片隅でそっと羽を休める。そんな、かけがえのない日常の一部なのだ。(ファーラー・ジェームス、矢島咲来 11月18日2025年)

 
 

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