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西荻の人気店の「隠し味」を探る


西荻窪にも、ほかの街と同じように、店が入っては消え、また別の店が入り、気がつくと以前そこに何があったのか思い出せなくなるような一角がある。ところが、まさにそうした場所で、うるさくも熱のある西荻の客たちの心をつかみ、いつの間にか街の日常に溶け込んでいく店がある。

 

なぜ、その店は根づいたのか。美味しく、よく考えられた店でさえ長く続かなかった場所で、何が人を引き寄せ、また戻って来させるのか。西荻で新たに愛される店が生まれるとき、その「隠し味」を探ってみたくなる。

 

LORO KITCHENは、まさにそうした店の一つだ。西荻で働く女性たちを含む熱心な常連客に支えられ、日々の小さな贅沢を楽しめる場所として親しまれている。そして驚くべきことに、それほど街に根づいたLORO KITCHENでさえ、いまこの場所から移ろうとしている。ただし、ありがたいことに、閉店するわけでも、西荻を離れるわけでもない。

店の成功のレシピを、一つの要素だけで説明することはできない。LORO KITCHNの場合、それは二人の個性、商いのかたち、ここに至るまでの思いがけない道のり、そして客との向き合い方の違いが混ざり合ったものだ。それらの要素が重なり、店の人と常連が交わるカウンターへと、人々を何度も引き寄せている。

 

その物語は、西荻育ちのファンキーな女性と、島根から来たたこ焼き屋という、少し意外な二人の出会いから始まる。

 

「島根で十二年間たこ焼き屋をやっていました。父親が始めたんですよ、たこ焼きを。親父はずっとCDとかDVD、ゲームを売る商売をしてたんですけど、パソコンが普及してダウンロードが始まって。CDを売る商売はもう終わるかもしれない、もうやめようと。赤字が出ちゃうから、在庫を持たない商売でたこ焼きを始めたんです。その時、島根でたこ焼きがブームになって。十一年くらいで、その借金がほぼ返せたんです。それで落ち着いたので、『ちょっと料理を勉強したいから、東京に行かせてください』となりました。」

 

「田舎の家の長男なので、申し訳ないことしたなぁと思う、跡取り息子だったので。それを蹴っちゃったので、今は姉が親父の会社を継いでいます。最初は家族の協力をしていたんです」

 

島根での日々は、今の尚之さんの「商い」の原動力となっている。家族への想いを胸に、彼は東京での挑戦を選び、そして西荻窪という街に根を下ろした。

「だからここは、周年になるとたこ焼きを焼きます。一年に一回、たこ焼きセールをやるんです。イタリアンは一切やらずに、三日間ひたすらたこ焼きを焼きます」

 

イタリアンという看板を下ろし、ひたすらたこ焼きを焼き続けるその三日間は、彼が歩んできた道への深いリスペクトが込められた、ある種の儀式のような時間なのだ。イタリア風にアレンジするのかという問いに、尚之さんは首を振った。

 

「いいえ、やらないです。ソースとマヨネーズと鰹節と青のり、それが一番おいしい。本格的なものです。ポン酢とか、そういうのがいいですよ。」

 

一方、七夏さんの出身地は西荻窪だそうだ。

 

「そうです。松庵小学校です。子供の頃からずっと西荻です。途中は中野に十年くらい暮らしていましたが、この店がきっかけで西荻に戻りました。」



三鷹での出会いと、三十二歳からの無謀な挑戦

二人の出会いは、修行時代の三鷹にまで遡る。

 

「三鷹で僕が働いていて、そこの同僚の彼女が七夏だったんです。色々人生を考えて、ベストパートナーになりました。七夏はミュージシャンで、僕たちは全然ジャンルが違う感じなんです。」

 

尚之さんが本格的な料理の道に進んだのは、三十二歳という、料理人としては決して早くはないスタートだった。

 

「たこ焼きとお酒でお店をやりたかったんです。でも当時は料理ができなかったので、料理の勉強をしようと思って三十二歳で東京に来ました。『料理を教えてください』と、包丁の持ち方から三鷹のお店で教わって、そこを六年ぐらいやりました。その時、七夏はスパイス居酒屋で働いていたんです。彼女が辞める時に、僕もそこへ行って一年間だけ働いたのですが、やっぱりちょっと違うなとなって、イタリアンへ行きました。」

 

修行時代、最初の一軒目となった三鷹の店について、尚之さんはこう振り返る。

 

「三鷹は何でもありの居酒屋でした。生地から作るピザやパスタもあれば、刺身、たこ焼き、串揚げ、麻婆豆腐……。何でもあるお店だったんですよ。個人店なんですけど、すごいでしょ。大抵そういう、色んなものをやっているお店はあまり大したことがなかったりしますが、そこは全部すごいおいしいんです。素晴らしくて、運が良かったですね。一番最初に働いた場所で中華・和食・洋食、何でも勉強できたので。そこでいつか店をやるのに『柱』が一本必要だと思って、イタリアンにしました。」

 

尚之さんが次に向かったのは、当時方南町にあった(現在は浜田山へ移転)「ECCOMI(エッコミ)」という店だった。

 

「そこはいわゆるイタリアンというよりも、フレンチ寄りのイタリアンでした。盛り付けがすごく綺麗で味も良くて。僕より若いシェフだったんですけど、そこで雇ってもらって教えてもらいました。『ECCOMI』というお店です。イタリア語で『ここにいるよ』『ここですよ』みたいな意味です。」

 



西荻窪での「いわくつき物件」と、この街に住む「自分を持った」人々

なぜ西荻窪に来たのか。当初は荻窪での出店を画策していたが、大家側の都合で白紙になり、運命に導かれるようにこの地へ辿り着いた。

 

「最初、荻窪でやろうと思って物件を当たっていたのですが、大家さんの問題でダメになってしまって。別の物件を探そうとした時に、たたまたここが出てきて、すぐに申し込みました。とにかく早く店をやりたいなと。ラッキーでした。この場所はすごくいいですね」

 

ただし、現在のLOROも最初から完全に二人の店だったわけではない。もともとは阿佐ヶ谷で店を営む別のオーナーが始めた店で、尚之さんと七夏さんは最初の1年、従業員として店に立っていた。

 

「1年経った時にオーナーから『この店を君たちでやりなさい』となって、うちの経営的には2年半なんです。」

しかし、入居してみると、そこには奇妙な噂があった。

「でもここ、いわくつきの物件らしくて。色んなお店が今まで入ったけれど、一年か二年も持たない。コロコロ変わってしまうって。でも、うちは今三年半です。」

短命に終わった理由が何だったのかは分からない。ただ、二人がこの場所で店を続ける中で、建物の使い方をめぐる難しさは少しずつ見えてきた。上階に大家さんが住んでいることもあり、夜遅い時間の話し声や店内の音にはどうしても気を遣う。契約上の営業は十一時までだが、常連客が楽しんでいる場面では、十一時を過ぎてもすぐには店を閉められないこともある。その時間のずれが、上階の暮らしとのあいだで摩擦になることもあった。尚之さんも、自分たちにも配慮したいと思いつつも、お客さんに「はい、帰って」とは言いにくい。そうした音と時間をめぐる小さな緊張の積み重ねが、移転を考える一つの理由になった。

そんな「いわく」を跳ね返し、三年半にわたって店を繁盛させてきたのは、西荻窪という街特有の客層との深い信頼関係があったからだ。尚之さんは、この街の料理人と客の絶妙な関係性をこう分析する。

 

「西荻は面白いですね。強いシェフ、個性がすごいシェフが多い。だけど間違いない仕事をしているから、お客さんもわかっている。私たちのスタンスが今うまくいっているのは、西荻だからというのもあるかもしれません。他では難しいかも。西荻のお客さんは理解があるし、ミシュラン店に行く人もサイゼリヤも美味しいと言うような、色んな感覚を持っている。素晴らしいと思います」

 

しかし、その「理解」は、時にプロをも震えさせる鋭さを持っている。

 

「肥えていますね、お客さんの舌。本当によく知っている。自分でも作るし。だから怖いですよ、美味しくないときはちゃんと言いますから。新しいお店ができて、『あそこ行った?』『まだ行ってない』『うちは行ったよ、行かなくていいと思う(笑)』とか。」

 

七夏さんも、カウンター越しに見つめてきた西荻の人々の姿を言葉にする。

 

「西荻愛を持っている人が多いですね。西荻のお客さんの特徴を言葉にするなら『自分を持っている』ところかな。皆さん本当にしっかり仕事をされています。仕事内容は聞きませんが、後ですごい人だったんだとびっくりすることもあります。でも彼らはそれを言わずに、ここではただの酔っ払いとして楽しんでいる。人間がしっかりしているし、丁寧に暮らしている。そういう人から話を聞くのが面白いですね。本で読んだ話じゃなくて、自分が経験した話を自分の言葉で言ってくれるから、すごく面白い。毎日、ノンフィクションの本を読んでいるみたいで。」

 

尚之さんは、他の街で飲むたびに西荻の特異さを再確認するという。

 

「他の街で飲むと一番よく分かります。西荻じゃないところで飲むと、『この料理は美味しいけれど、西荻だったらもっと安くて量もあるよね』とか思っちゃう。平和だし、いいお店が多いです。わざわざ他所で飲まずに、帰ってきて西荻で飲む。自分を癒やすために。大事な人とゆっくりご飯を食べる。気を使って食べると、味がしないじゃないですか。」

 

彼らがこの街を離れられない理由。それは、厳しい舌を持ちながらも、料理を「自分の生活の一部」として愛してくれる西荻の人々との、濃密な時間がここにあるからなのだ。

その「生活の一部」としての感覚は、常連客の通い方にも表れている。尚之さんによれば、現在は「六割ぐらい」が常連や超常連で、中には週に三回来る人もいるという。とはいえ、LOROは単なる安い居酒屋ではない。

 

「一応、うちは周辺の居酒屋よりはちょっと値段が高いんです。レストランとして料理を本当に丁寧にやっているので、そこはちょっとした『プチ贅沢』として。でも週3回来てもらえるような、そういう使い方がしてもらえるお店であってほしいから、ホッピーなんかも置いているんですよ。親しみやすいというか。もちろんワインもあるし、緑茶ハイもある。いわゆる日本の居酒屋のようなものもあります。」


「居酒屋以上、レストラン未満」の哲学とメニューの秘密”

尚之さんが掲げるテーマは明快だ。

 

「ずっと居酒屋がやりたかったんですけど、居酒屋っていっぱいあるじゃないですか。だから他とは違うものにするのに、テーマを『居酒屋以上、レストラン未満』にしました。その中間のお店の良いものを、居酒屋感覚の雰囲気でいかがですか、というお店にしました。わいわいお客さん同士が仲良くなっていくのがテーマです。」

「料理に関しては、例えば若いカップルが高級なレストランに行くとなるとすごくハードルが高い。所作とかも、どう食べていいかわからない。そういう料理を、こういううちみたいなカジュアルなところで一段階、ワンクッションとして、慣れるための練習にしてほしいというか。居酒屋よりもクオリティの高いご飯を楽しめる場所みたいな。」

 

その料理のクオリティを支えるのは、尚之さんの絶え間ない思考だ。七夏さんはこう語る。

 

「(LOROは)感動してもらう場所。彼の料理は常に変わるんです。グランドメニューも変わりますし、日替わりメニューは一日か二日で全部変わります。だから次に来たらもう前のメニューはない。二度と食べられない。そういう楽しみがあります。旬のものを使う方、日本の色んな美味しい食べ物を、一番美味しい時に使うのがうちのコンセプトだよね。」

 

毎回変わるメニューを考えることは、簡単なことではないという尚之さん。メニューが決まるプロセスを問うと、彼のこだわりが見えてきた。

 

「メニューは毎日、常に考えています。例えば八百屋で行って、春の食材でふきのとうが出てきたとすると、『じゃあこのふきのとうを使いたいな。ソースにしようかな。ソースにするなら何を合わせよう。お肉から魚、貝かな』と色々考えて、『じゃあこれだな。魚なら赤身よりも白身だな』となります。ふきのとうだけだとえぐみもあるから、ちょっとさっぱりした柑橘を合わせようかな、とか。そういうことを頭の中で常に考えます。今日のメニューの仕込みをしながらも、次の料理のレシピを考えています」

 

「インターネットも見ます。YouTubeも見ますし、Instagramで他のお店の料理も見ます。でも全く同じものは絶対に作りません。僕は日本人の客の方が多いので『和』をテーマにします。醤油やみりんも使いますし。ベースはイタリアンだけど、和の要素も味も入っています。あと、中華も入れます。豚足を十時間くらい炊いてペーストにしたパイタンをソースに使ったり、パスタに使ったりもします。なので、変なイタリアンですよ(笑)。でも、美味しかったらオッケーだと思ってて。美味しくないとダメ。美味しければ、正直にイタリアンじゃなくても、お客さんが喜ぶんだったらそれでいいと思っているので」

 

その柔軟さは、イタリアンへの距離感にも表れている。尚之さんは、自分の料理を「本格イタリアン」として飾り立てることはしない。

 

「実は僕、イタリアンは2年しかやっていないので、そこまで詳しくないんです。本格的なお店の方が使うソースの名前とかも、わかんないですよね。あぁ、すごいなーとかって思うんですけど(笑)。うちはソースがおいしいので、それで勝負するしかないなという感じです。」


常連客との会話が、新しい料理のきっかけになることもある。ただし、尚之さんは「言われた通り」に作るわけではない。

 

「たまにやります。言われた通りには絶対にやらないですけど(笑)。例えばパスタなら、『そろそろパスタ変えたいな』という時に常連さんに『次は何が食べたいですか?』と聞きます。『エビが食べたい』と言われれば、『じゃあ何を合わせよう。トマトとかいいんじゃないですか』となって、それがメニューになったこともあります。」



客との距離感、そして料理への敬意

店内の活気のある雰囲気の中でも、二人が決して譲らない一線がある。客との会話を大切にしながらも、尚之さんは「場の空気」を乱す存在には毅然とした態度を取る。

 

「すごくお客さんと会話することは多いです。ただ、ナンパとかを狙ってくる男の子がいたら帰ってもらいます。客同士で仲良く楽しく飲んでくれるならいいんですけど、『連絡先教えて』みたいになったら『そういうのはやめて』と言います。これはこっち側のエゴなんですけど、万が一それで嫌な気持ちになるようなことがあったら嫌なので、やめさせます」

 

尚之さんがそう語る背景には、単なるマナーの問題だけではなく、提供する「料理」そのものを最高の状態で味わってほしいという切実な願いがある。その職人としての厳しさを補足するように、七夏さんはこう言葉を繋いだ。

 

「何より、彼が作る料理がまずくなることが一番嫌なんです。ここに来る人はみんなグルメでご飯が大好きなの。パスタができたら温かいうちに食べてほしいのに、喋っていて冷たくなっていくのは……『彼女とパスタだけの時間を邪魔しないでください』って、私たちが言わなきゃいけない。ヨネさん(尚之さん)はすごいちゃんと言うから。」

 

尚之さんの言葉は時に厳しく響くが、それはすべて、一皿の料理に注いだ熱量を守るためだ。

 

「『帰ってください』『もう来なくていいです』と言います。楽しくない話をする人、ご飯を食べるところですべきじゃないとか、そういうのは信じられない言葉で追い出しますね。一週間頑張ったご褒美で来る方が多いので、そういう方の時間は大切にしてあげないといけない。そこは守ってあげないと、と思います」

 

その空気は、尚之さん一人で作っているわけではない。料理に集中する尚之さんと、客席を見ながら場をつくる七夏さん。その役割分担こそが、LOROという店を支えている。

 

「料理が評価されたのもあると思いますが、営業中は僕が料理に集中してお客さんと喋らないことが多いのを、七夏が楽しませてホールをやってくれる。僕は見ての通り、すごくシャイで無口な男なんですよ。」


料理中の尚之さんは、本人の言葉を借りれば「本当に職人」になる。

 

「時間もかかるし、パッと出せるものじゃないから、本当に余裕がないんです。」



国境を超える味、そして世界との共鳴


「Loro」の味は、西荻窪というローカルを越えて、世界中の客をも虜にしている。

 

「最近はイタリア人の方も来ました。彼、最初は『今日は調子が悪いからあまり食べないよ』というテンションだったのですが、お通しを食べてからスイッチが入ったみたいで。食べたら、『お通しあと百個!』って(笑)」

 

「その時のお通しがちょっと面白くて。『鶏のフリット』で、ごぼうのソースを合わせていたんです。イタリアではごぼうが育たないから、イタリアやヨーロッパにはごぼうがないんですよ。それにまず感動して、『これもあれも食べる!』と最終的にはパスタを二種類食べて。そしたらあそこにマジックで突然何か書き出して。後で聞いたら、彼はイタリアでボブ・マーリーのオフィシャルコピーバンドをやっている人だったみたいです(笑)」

 

壁には、フジロックのトリを務めたバンド「Galactic(ギャラクティック)」のサインも残されている。

 

「うちはお客さんに仕事も名前も年齢も聞かないんです。で、ずっと仲良くしていたら、その人が実は翻訳の人だったんです。彼らバンドマンは日本が大好きだけど、浅草や渋谷、天ぷらや刺身にはもう飽きた。『新しい日本の美味しいものを食べたい』ということで、うちに来てくれたんです」

 



新しいビル、新しい挑戦

今年予定している移転先では、ランチ営業も計画している。

 

移転先を探す時、他の駅も候補にはなった。しかし常連客の声ははっきりしていた。

 

「物件がなくて苦労しました。他の駅も考えましたが、お客さんがみんな『遠くてもいいから西荻にしてほしい』と言ってくれた。」

 

「料理は全部一人です。難しい、もう一人欲しいです(笑)。新しいところは今の一.五倍ぐらいの広さになるんですけど、席数はここよりちょっと多いぐらい。ランチを始めたいので、もう一人スタッフを探しているところです。最初は僕がやりますが、徹底的に教えて任せられるくらいまでにしたいです」

 

西荻窪で築き上げた常連客との絆。それを携えて、二人は新しいビルの四階という新天地へと向かう。尚之さんが厨房で一皿に心血を注ぐ傍らで、七夏さんは今日も、この街に集まる一筋縄ではいかない人々との対話を楽しんでいる。

 

「西荻じゃないところで飲むと一番よく分かります。平和だし、いいお店が多い。西荻の人の特徴は『自分を持っている』ところかな。本当に面白いですよ、毎日。いい仕事です」

 

その言葉には、ただ料理を出すだけではない、人と人が交差する場所を守り続けることへの深い愛着が滲んでいた。

 

尚之さんの表情は、これから始まる新しいステージへの期待に満ちていた。西荻窪の4階、空に近い場所で、二人の「居酒屋精神」はさらに高く羽ばたこうとしている。 (ファーラー・ジェームス、矢島咲来6月3日2026年)

 
 

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