ことビルから描く西荻の未来

更新日:7月24日

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2022年四月二十九日、西荻窪の神明通りに位置することビル内の、スペース「西荻シネマ準備室」に、西荻の住民ら約三十人が初回映画上映に足を運んだ。上映された映画は、ジャーナリストのジェイン・ジェイコブズがニューヨークの象徴的な地域の再開

発計画に反対し、古い建造物を取り壊して高速道路や高層ビルに建て替えるという計画を中止させた様子を描いた、「ジェイン・ジェイコブズ ニューヨーク都市計画革命」という映画だ。この映画が上映作品に選ばれたのは決して偶然ではない。西荻シネマ準備室の主催者たち、そして観客の多くは、まさに自分たちが住む街の道路が拡幅されるという計画を目の前に突きつけられている。マンハッタン南端部の高速道路よりは規模が小さいが、東京都市計画道路補助線街路第132号線を西荻窪に広げるこの計画は、西荻窪の住みやすさや社会的構造を脅かしている。西荻シネマ準備室とことビルの原点は、都市再生や街の変化という課題に、議論だけでなく行動によって対処しようとする試みにある。

大きな螺旋階段が一際目を引く白い建物の名は「ことビル」。去年オープンしたことビルは、西荻窪の未来を真剣に考える住民にとって、議論と発案の拠点となっている。再開発や道路拡幅計画という大きな岐路を迎えようとしているこの町で、西荻窪の良さを残すために精力的に活動するのが、「西荻のこと研究所(通称:こと研)」という有志グループ。今回は、活動の本格化のためにことビルの管理も行う、こと研メンバーの奥秋圭さん、奥秋亜矢さん、石井祐樹さんに、ことビルが与える西荻窪への影響についてお話を伺った。(過去、西荻ラバーズフェスで奥秋さんご夫婦にインタビュー。)


まず、建築士の石井さんが、未来の西荻を住民たちで主体的に描くことを目的にした「ニシオギ空想計画」について説明してくれた。

「ニシオギ空想計画というのはそもそもいくつかトピックがあって、西荻窪駅南口の再開発の噂話と、道路拡幅の都市計画がどうも事業認可がおりましたってところで終わっているなっていう印象があって。結構こう反対の声があったじゃないですか。反対の声をあげていてもそれだけでは足りないのかなっていうのがあって。というのも、杉並区に言ったところで、道路のことに関しては杉並区とか行政の人が関係することだけど、南口の再開発というのはそこの土地を持っている地権者さんたちの考え方とかもあって、それをただ単に反対!って言って地権者と住民が衝突して、『じゃあ俺もうマンション建てる』みたいなことになったらつまらない話っていうか。そうじゃなくて、そういうものを大事にしたいと思っている住民が声を上げて、未来の西荻をイメージして、地権者の人たちに伝えるというか。『みんなこんなに西荻ラブなんだよ』っていう。」

 

直接的に土地の活用方法を決める権利が地権者にある一方で、住民の声を形にすることの重要性を奥秋亜矢さんが語ってくれた。

「その土地を持っている人たちがどうするかっていうのは地権者が決めることだから、それに対して何ができるかっていうと、『私たちはこういう町が好きなんです』っていうぐらいしかできないんですよね。それをやるっていう意味で、ニシオギ空想計画っていって、色んな人に、西荻の未来どうなったら嬉しい?って聞いて。いろんなことを考えていて、みんないろんなアイデアを持っていて。みんなちゃんと考えているし、こんな種があるっていうのを形にできたのはよかったかなって。」


さらに、ニシオギ空想計画のまとめとして作成した「ニシオギ空想新聞」を機に、道路拡幅計画のカウンター案をより具体的に議論するために、「西荻のこと研究所」を立ち上げた経緯を、亜矢さんの夫である圭さんが説明してくれた。

「それで、『ニシオギ空想新聞』っていう新聞なんですけど、空想計画で集めた意見を紹介するまとめの新聞を作って、このプロジェクトは一旦終了で、別のことやろうかっていうぐらいの感じだったんですよ。だけど新聞を作っている間に、町の人のいろんなインタビューをして、立場によって考え方も結構バラバラなので、もうちょっと続けようとなって。それが『西荻のこと研究所』っていう活動に切り替わっていったっていう。で、研究所は道路拡幅計画のカウンター案であったり、どうやって拡幅計画の内容を住民自身が決定権を持つことができるか、っていうのを考えていく流れにシフトしていった。で、2020年の五月にこと研を立ち上げた。」


当初は、道路拡幅計画について知っている住民がとても少なかったと圭さんは言う。そのため、まずは計画の中身について住民に周知するべくメールマガジンを発行し、様々な立場の人に考えを聞いて回ったそうだ。

「道路の拡幅のことについてみんな全然知らなかったので、月に二回ぐらいずっと、今度で四十号になるんですけど、メールマガジンを発行して、道路のいろんな小話をみなさんに周知しています。あと、沿道の人が一体何を考えているんだろうっていう。杉並区が道路の幅を広げる時には、土地を持っている人にしか声かけないんですよ。お店を持っている人には声をかけない。地権者にだけ声をかけて、あなたは売る?売らない?みたいなのを判断している。でも、そしたら今お店やっている人はすごく不安じゃないですか。だから、僕らとしては、今その辺をどういうふうに考えているのか、『借りて住んでる人、家と土地をもって住んでる人、土地をもってお店をやってる人、と借りてお店をやってる人』みたいな感じで、それぞれの方にアンケートを取り、その結果をまとめた冊子を作りました。」


しかし、住民の意見を集め、行政に届けるために活動する中で大きく立ちはだかるのが、行政の姿勢だと亜矢さんは言う。

「『私たちの道ですから、私たちの町ですから』『どこまで意見を聞いてくれますか?どうやったら私たちの意見を取り入れてくれますか?』って言っていても、『もう全部決まっているんで、とにかく今決まっているところには口出さないでいただけますか?まあ聞けるとしたら、街路樹の種類と歩道のブロックの色ぐらいですね』って、今言われてるんですね。」


圭さんは、計画そのものが古く、今の西荻窪に合っていないと指摘する。

「計画自体が四十年以上前のもので、そのまま今も残っている。日本が高度経済成長ぐいぐいいってたときの、計画のまま実行にうつるみたいな感じなので、ここで一回立ち止まって、計画の内容を一回見直さなきゃいけないんじゃないかって言ってるんだけど、なかなか行政の人は、『もうこれ決まった話だから』みたいな感じで、聞く耳持ってくれないわけ。」


どうしたら行政に耳を傾けてもらえるか試行錯誤する中で見えたことがあると、石井さんは言う。

「ひとつわかってきたのは、商店会長とか町会長とかの昔からの人がバックサポートでいないと上手くいかないという。行政側が認識してる『西荻の人』っていうのは、要するに昔からの町会長とか商店会長っていうタイプの人たちで、でも実際西荻の人たちの分類を見ると、そういう人たちって一部じゃないですか。新しく移り住んできた人たちがほとんどなので、そういうマジョリティの人たちのことをもう少し聞いたらどうだろう、っていう。地権者だけが街を作っているわけではないので、住んでる人たち西荻のプレイヤー達にもっと暮らしの延長で街づくりを考えて欲しいなと。行政の指針を見ても、国の方針として住民主体というか、住民と協力して街の維持・管理をしていかないといけないっていう認識はあるけど、仕組みとしてはまだそうはなっていないので、それはやはり一緒に作っていかないといけないんだけど、なかなかそこまでの足掛かりが掴めずにいる。」  


住民の生活基盤となっている商店街でさえ今は存続が危ぶまれ、西荻という街の魅力がなくなってしまうことを亜矢さんは嘆く。

「商店街がこのままいくと結構なくなっちゃうんですよ。道が広がってお店なくなっちゃうでしょ、そのお店がその場所で再建できるとはほぼ限らなくて、結構高齢化していたりとか、建物を壊して立て直したら、借りている人だったら賃料が上がるし、今お店をそこでやっている人だったら大家さんになった方が結果楽っていうのもあったりして、そうすると、賃料が上がってそうするとお店も広い方がいいってなると、道が広がった後にそこに新しいお店が入るとなると、西荻の今の魅力ってやっぱり個性的な個人店がたくさんあることなのに、そういう場所に個性的な個人店がチャレンジできなくなってしまう。行政マンが来た時に、『でもみんなあと十年お店やりますか?』みたいなちょっと、態度悪かったので、悔しいと思って、個人とお店がちゃんと結びついてプライド持ってやってるんだよっていうのをわかる様なマップを作ったんです。作ってみて思ったのは、やっぱりこれだけ自分のポリシーを持って何十年もお店を維持するっていうプライドとか個性とかが、西荻っていういい町を作っているんだなって。」


そんな中、西荻らしいお店を少しでも多く残すために、新たなチャレンジが始まった。その拠点となっていることビルについて、圭さんは教えてくれた。

「じゃあ我々には何ができるのかって言ったら、例えば新しいビルが建ったら、そのビルをどこかの不動産が大きなチェーン店に貸し出してそれで収益を上げていくんじゃなくて、僕らみたいな人たちが入って、まるまるそこを借りといて中を細かく分割してチャレンジングなことができるお店に入ってもらうみたいな。商店街ビルみたいないっぱいお店が入っているようなものにできればいいじゃないかって、内内で話していたタイミングで、ここ(ことビル)が空いたんですよ。建物自体は五十年経っています。最初は、美容院とそのお弟子さんが何人か住み込みで修行してみたいな場所だったのが、二十年経たないぐらいで布屋さんが借りて、三十二年やっていて。すごい聖地だったんですよね、全国からそこを目指してくるような。その布屋さんが撤退した後、大家さんは建物の解体も検討していたようです。

現在、ことビルの一階には「nof coffee」というカフェ、二階には「西荻シネマ準備室」と手芸材料店「bleu de nimes」、そして三階にはウェブ会社「non standard world Inc.」とランドスケープの会社「oriori」がオフィスを構えている。テナントの募集に対して倍以上の応募があったため、面接をして、最終的に現在の構成になったそうだ。実は、ことビルを作るにあたり、西荻のこと研究所という団体だったのを、正式に株式会社にまで発展させたそうだ。十三人が出資しており、2021年五月に「株式会社 西荻のこと」ができた。十三人のメンバーでどのようにビル管理をしているか、圭さんに伺った。



「西荻に住んでいない方も何人かいます。不動産の方が二人、建築の方が四人ぐらいいて、あとはまちづくり系の仕事をしてきた人が二、三人、あとは大学の研究員とか。十三人の中で、やりたいことがあれば誰でもできるフラットな状態にしたくて、一応役員とか代表取締役が誰で取締役が誰、っていうのはあるけれども、とりあえず別に出資額とか関係なしに、誰でもやりたいことをやれる状態ではあるんです。本当にビル管理もしたことないから、スラックってあるでしょ?あれでこのビルの一階から三階までのみんなで、結構やり取りするんだけど、『トイレの紙がなくなりました』とか(笑)。最近の建物のトピックは、三階の電気容量が全然足りない、っていう。暖房つけたらすぐブレーカーが落ちるからどうする〜?って。だから、今度電気のところの工事をするか、みたいな話をしてたりとか。」


二階の西荻シネマ準備室は、住民から寄せられた全八十案ほどのニシオギ空想計画の中で、数件あった「西荻に映画館」というアイデアを形にしたものだそう。最終的には興行用の映画館としてのオープンを目指しているが、現在は西荻のこと研究所のミーティングの場としてのほか、ヨガ教室の会場などとして使われている。圭さんに、西荻シネマ準備室についても伺った。

「映画館っていうのは興行場法っていう法律もあって、それに基づいて設備を整えなきゃいけない。ここで今やっているのは、土曜日の午前中にヨガ教室、で四月からは生花の教室をやろうと思っていて。あと毎週、こと研のミーティングで会議室として僕ら自身が使っていて。それ以外は、これは計画なんだけど、そこの神明通りの朝市をやるときにここで上映会的なことをやっていこうかなとか。あとは、これも将来的なことなんだけど、近所の人たちを呼んできてトークイベントをやったりとか。」


西荻らしさを今後も残していく上でことビルが果たす役割について、石井さんはこう語る。

「ここで成功したら、北銀座通りでも同じことができるのかなっていう実験でもあるし、個人で西荻でお店をやるっていう種を育てたいなっていう。ここで試してからできそうなら西荻のどこか違うところでまた立ち上げ直してもらう、みたいなそういう場所がひとつでもあるといいねっていう。お店やるってすごくリスクも負うから、僕たちが話していたのは、僕らが借りられるビルがあるなら、そういうビルの部屋を安く貸してスタートアップの支援ができたりとか、あとは道路計画でちょっと動かなきゃいけない人たちをここで受け入れるとか。もちろん、僕たちの場所、シネマ準備室で少しづつ体現したいのだけど、地域のいろいろな発信拠点や交流の場、議論の場にもしたいなと。

本来の意味でのコモンスペースのイメージかなぁ。そういう場所がまちには必要だよねって。」  

亜矢さんは、彼女が思う西荻らしさについて話してくれた。


「西荻スタイルって結局何かって言うと、『この店が私自身で、この店で起きていることは私が全責任をとります、ただし私が気に入らないお客さんは来なくて結構です』って言うぐらいの強さがある人が、やっぱりそれぞれの場所を仕切っていて、ちょっとなんか言われたぐらいでそのアドバイスを聞かない。自分が何をやりたいか、自分が何を出したいかっていうところだけを誠実にやって、でそれで何が起きても、『でもそれは私が決めたことだから』って言える強さが、西荻に残っている個人店にはあるし、そこを支持するから続く。」



この西荻らしさは、一階のノフコーヒーを受け入れる上でも、大事な要素だったと亜矢さんは言う。

「チェーン店じゃなくて、ある程度自分たちでメニューを決める。で、西荻に根差したいっていう意思をオーナーさんから聞いて、いいなあって思って。」


ノフコーヒーの入口すぐの一角に、西荻のこと研究所が管理する展示スペースがある。そこでは、善福寺池の写真展や、西荻ではおなじみのインドの木版布販売やチョコレート屋の出店などが行われている。また、本棚には奥秋さんたちが集めてきた西荻に関する本が並び、月に一回程度、テーマごとに本が変わる。


最後に亜矢さんは、こと研としての今後の目標について教えてくれた。

「ことビルのオープニングイベントで、東大の中島直人先生っていう都市計画が専門の先生にトークをやってもらったんですね。で、『いつでも町の変化の時には、どういう風にすればいいかっていう処方箋のことばかりみんな言いたがるけど、そうじゃなくて、まず町がどういう状態かっていう診断のところからしないと、どこに進んでいいかわからないから、まずは西荻という町の基本情報を調査した方がいい』っていうお話をいただいて。まあそれは確かにそうだなと思って。だから今年は、西荻が今どんな状態で何が必要かをきちんとデータにできるような活動をしたいなってこと研では言ってるんですね。例えばどれくらい緑はあるとか、座れるところはあるかとか、お店の状況はどうあるかっていう、いろんな人に関わってもらってみんなでやりたいなっていう野望が一つ。あとは、もう何十年とか西荻に暮らしてきた人の話を聞き取りしたいなっていう、その二つの調べることがあって。まずはそこをみんなで共有して、西荻でどうするかっていうことを行政も共に考えられたらいいのになって思ってます。」


自分たちが住む町の未来を、これほど真剣に考え人たちの集まりは他にあるだろうか。行政が進める計画をただ眺めるのではなく、住民が意見を言い、主体的な町づくりに参加するための方法を議論、実行していること研メンバーの話からは、個性溢れる西荻の町を後世に残す、という強い覚悟を感じた。(ファーラー・ジェームス、木村奈穂、木村史子、6月20日2022年)

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