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 ミシュランのラーメン


東京のラーメンの街と聞くと、荻窪の醤油系ラーメンを思い浮かべる人も多いだろう。一方、西荻窪はラーメンではそれほど知られていない。柳小路にある老舗のラーメン屋「はつね」を除けば、個人経営のラーメン店で目立つところあまりはなかった。しかし、若手の店主達が西荻にラーメン文化をもたらしつつある。その筆頭にいるのが、麺尊RAGEである。南口商店街を200メートルほど進んだ、落ち着いた小路に店を構える麺尊RAGE。エントランスに足を踏み入れると一転、アメリカンかつ個性的な世界観が出迎えてくれる。エッジの効いた内装や音楽が、西荻ではなかなか見られない流行の先端を行く若者のエネルギーをもたらしている。壁のポスターからはオサマ・ビンラディンとチェ・ゲバラが湯気の立つスープを睨みつけ、別の場所ではイエスとその弟子たちがRAGEラーメンのどんぶりから最後のラーメンをすすっている。

個性的な装飾には店主、廣田(ひろた)さんの「好き」が詰まっていた。

「ここにいる時間が長いので、自分の部屋っていうイメージですね。まあ、だから好きなものに囲まれていたいっていう。僕は『Rage Against the Machine(略:Rage)っていうバンドが好きで。ポスターとかグラフィティーはそこから結構派生しているというか。それで集めていったらこんな感じに。全部がRageではないんですけどね。」

店名の”RAGE”もこのバンドに由来しているという。

「僕がもともと空手をやっていて、Rageは総合格闘技のイベントのオープニングテーマに使われていたんで、練習前にRageを聴いてモチベーションを上げて練習してました。だからお店でも、気分が上がる、『アガる』ラーメンを作りたいと思って。」

「RAGEは今でも聴いてます(笑)三年くらい前にオリジナルのメンバーじゃなくて違うメンバーで再結成した時があったんですよ、『トランプ大統領を当選させちゃいけない』みたいな感じで。『Prophets of Rageというグループを作って日本に来日したんですけど、その時は全部(店を)閉めてみんなで見に行きました(笑)。」



麺尊RAGEができるまで

まず、西荻窪でお店を開くことにした経緯について伺った。

「単純に場所が気に入ったからかな…。まあ、西荻だったから空手の親御さんとかも来てくれるかなって」

西荻窪にある道場で空手の指導員をしていた廣田さん。彼にとって空手は、麺尊RAGEのラーメンの大きな特徴である「軍鶏」と大きく関わっている。

「軍鶏にしたのは僕が空手をやっていたから。軍鶏は闘鶏、戦わせる鳥なので、とりあえず軍鶏にしてみようと、そっからですね。使ってみたら、やっぱりケンカとかさせる鶏なんで筋肉質なんですよ。だから脂肪分が少なくて、クリアな旨みがあるというか。それが醤油の味を引き立てやすくて。僕は醤油をたたせたい方なので」

麺尊RAGEをオープンする前、新宿にある「鈴蘭」で異なるジャンルを提供するラーメン屋さんで働いていた廣田さん。

「そうですね、鈴蘭のオープンに携わって、三年くらいやっていました。(鈴蘭は)豚骨魚介、『豚魚』っていうんですけど、鶏ガラとかも入ってます。ここ(麺尊RAGE)よりは濁っているスープ、いわゆる(鶏)白湯系です。」

麺尊RAGEはなぜ白湯系ではないのだろうか。

「(鶏)白湯を炊くのが結構重労働で。一人でやり続けるには寿命は長くないかなって。あとは、醤油ラーメンみたいなオールドスクール的なラーメンをやりたくて。丁度そうゆうブームもあったので。地鶏と生揚げ醤油を掛け合わせたラーメンみたいな。2010年ぐらいから流行っているんじゃないんですかね。」


西荻の隣の駅である元祖ラーメン激戦区、荻窪。「荻窪ラーメン」とは何を指すのだろうか。

「荻窪にある『春木屋』さんが、東京ラーメンっていう発祥の場所になるんですよね。だからその近辺にはああいう系の醤油ラーメンが多いですよね。んーだから、春木屋さんが原型だとしたら、うちみたいなのがハイブリッド系みたいなことを言われますね、よく。今まである食材でスープを煮出して作る伝統的なやり方があって、うちはその食材を厳選して、全国から取り寄せて、ブレンドしてっていう。高級化といいますか、神奈川県にある『支那そばや』の佐野 (実)さんが、そういう風にしていったんだと思います。こだわった食材でラーメンを作る先駆けだったんじゃないんですかね。」

ラーメンのイメージが強い荻窪に対して、西荻のラーメン屋としての見解を伺った。

「西荻はまだラーメンっていう感じではないですね。どちらかというと『はつね』さんがあるのでタンメンだったり、『坂本屋』さんのカツ丼だったりとかのイメージが強いかな。」

しかし、麺尊RAGEや西荻燈など、西荻にもラーメン屋が徐々に増えていっていると言えそうだ。

「そうですね、西荻燈さんはどっちかっていうと白河系というか。福島のご当地ラーメン系ですよね。僕は自分的には、(麺尊RAGEは)東京ラーメンというか、ネオ東京ラーメンというのを一応謳っているかな。」


麺尊RAGEの特徴

西荻界隈で盛り上がりを見せているラーメン。廣田さんのラーメンへのこだわりについて伺った。

「まず醤油ですかね。メインで使っているのは岡直三郎商店という群馬の醤油です。生揚げ醤油(きあげしょうゆ)っていって、樽から出したまんまみたいなやつです。最低限の濾過はしているんですけど、フィルター濾過とか加熱とかはしていないんですよ。生のまんまというか。木桶から一斗缶に詰めてもらって、それでクール便を届けてもらってます。」


「スープは全部ここで仕込んでます。鶏以外だと、乾物は昆布とか、あんまり使わないようにしているんですけどね。昆布と金華ハムとかですかね。」

廣田さんにとってラーメンの味で一番大事なのは「バランス」だという。

「これは難しいです、すごく。麺は硬めと細めが好きなので、それにあったスープにしてるというか、バランスなんです。メインはスープなんですけど、そのスープと麺が合うようにっていうか。チャーシューはスープを邪魔しないように作ってます。なるべく、ラーメンに使ってる同じ材料で味付けして、喧嘩しないようにバランスを保っているんです。」


事業の成長

ラーメン屋のオーナーはどのようなルーティンで過ごしているのだろうか。

「朝八時半に(お店に)来て、ガラ処理してます。ガラを処理するかは季節によって変えてるんですけど。九時半くらいにはそれをスープに入れ終わって、あとは火加減を調節して炊くって感じですね。三時ぐらいには炊き終わっちゃうんで。濾して、冷やして、冷凍庫で寝かせて、翌日以降に使うって感じですね。お店を出るのは夜十一時くらいで、寝るのが二時くらい。で、朝六時くらいに起きてまた八時半に仕事始めてっていう。」

廣田さんはこのハードなルーティンをついこの前まで週五でこなしていたという。

「今はちょっと抜けてるんですけどね。結構人数がギリギリで(営業を)やるので、大変な時は結構大変ですね。人手は常に不足気味というか。」

現在RAGEで働いている人は何人なのだろうか。

「ここ(西荻窪店)だけだと、僕入れて七人くらいですかね。全体含めて二十いかないくらい。僕は大体ここ(西荻窪店)にいます。」


西荻にある本店の他、花小金井中野国分寺にも展開しているRAGE。廣田さんは他店舗を開くことの経営上の大変さをあまり感じなかったようだ。

「僕全然考えないでやっちゃうんです(笑)。もうフィーリングですね、もうやっちゃおうか、みたいな」

他店の店長は、かつて西荻で働いていた信頼できる人に任せている。

「あんまり経歴が浅いとちょっと任せられないかなっていうかね。まあ、技術は短時間で仕込めるかもしれないですけど、そういうことでもないかな。」


私たちが印象に残ったのは、廣田さんが他店舗とのラーメンの味の違いを尊重していたことだ。

「他のお店も、僕が作ったレシピを完全に再現してというよりかは、他のお店もお客さんの雰囲気とかをみて感じてそれで合わせた方がいいっていう感じですね。その人のラーメンみたいな感じで考えているので。やっぱり、現場が全てなので。」

「例えば、作り方同じにしても、レードルの入れ方とか湯切りをどこまでやるかとか、多分食べてもお客さんはそんなに(違いを)感じないかもしれないけど、微妙な差は出るかなって。でもそれがその人の味な気がするんです…あんまり同じ味を出し続けたくないというか、新しいことをやっていきたい方なので。無難っていうのがあんまり好きじゃないですね。」


客層:フリークから地元の人まで

RAGEはいつから人気店になったのだろうか。

「『鈴蘭』という前のお店にいた時に、煮干しラーメンとかを限定で出して。『ニボラー』っていう人たちがいるんですけど、そういう人たちのブログに書いてもらって、オープンする時とかに話題にしてもらって。最初から土日は結構人が来てくれていました。」

オープン当初のお客は地元の人ではなかったそうだ。

「ラーメンはほとんどそうですね最初は。一ヶ月くらいはフリークが来て、で地元の人たちが『ここなんだ?』みたいになって、でその第二陣として地元の人が来て、で二陣のお客さんがリピートしてくれるかっていう感じですかね。」

店内には一人でもグループでもラーメンを楽しめるよう、カウンター席だけでなく、ゆったり座れるテーブル席も用意されていた。また、清潔感があり、スペースが確保された店内は女性も来店しやすそううである。

「女性の方も多いですね、四割くらいは女性です。ほとんど女性で埋まるってこともあります。間隔の広さはベビーカーを意識しているんです。お母さんとかがささっときて食べれるっていうね。そう言う面でも女性が来やすいのかな。(女性は)壁付きのカウンター席が好まれますね、対面する席よりはああいう席の方が女性は落ち着くのかな。」

老若男女から愛されるラーメン屋である麺尊RAGE。休日ともなるとお店の前には行列ができているが、回転率は早いそうだ。

「普段は待たないんじゃないんですかね。五分十分とか。僕があんまりそういうの(待たせるの)好きじゃないんで。回転率も早い方だと思いますね、シャッターの方まで並んでても三十分くらいで入れると思います。」


現在のお客さんは西荻に住む常連客がほとんどで、来る人は週三〜四でお店を訪れるそうだ。地元の常連客からも愛され続けているお店として、廣田さんは常連客との距離の取り方にも気をつけていた。

「常連さんにはあんまり話しかけないですかね。逆にその方が居やすいっていうこともあるし。話したい人は向こうからアピールしてくれるというか。そういうのが一切ない人にはあんまり話しかけないです。以前見た記事で、常連の女性客の方が『話しかけられちゃったからもう行けない』っていうのもあったので。あんまり僕もマメじゃないんで、ちょっと仲良くなっちゃうとそれを繰り返さないといけないので、そういうのが大変かなって。中途半端に付き合わない方がいいと思うので。本当にめちゃめちゃ来る人とは話したりしますけど、距離感が大事ですね。匙加減が難しいでけど、実際、忙しいとなかなか話せないんですけどね。」


ミシュラン、八年連続選出

麺尊RAGEは「ミシュランガイド東京」に2016年から八年連続で掲載されている。ミシュランに選ばれてからお店に変化はあったのだろうか。

「ミシュランに載ってから来客数の平均値は上がったかな。外国人も結構いっぱい。」

そのため、メニュー表には英語表記もある。

「有名な『Ramen Adventures』というラーメンブロガーがいて、そういう人たちが結構推してくれるというか。くる時は一日何組もきます。」

客層が広がり客数が増える等、環境には変化があったものの、ミシュランがきっかけでラーメンの味を変えることはなかったそうだ。

「スープの炊き方とか醤油の配合とかは常に変えているので、お客さんが変わって味を変えたというよりかは、ただ精進しているだけ、というか。例えば、春〜夏は汗をいっぱいかくから塩味が強い方がいいのかな、とか。冬は寒いからまろやかな感じにした方がいいかなとか。それも火加減とかの調整で全部変えられるので。あとは醤油の温度とかもあります。醤油はブレンドして、『火入れ(加熱処理)』っていうのをするんです。香りをつけたり、味を安定させたりします。それも温度によって違ってくるので。」


ミシュランの称号を連続で取り続けていることについて、今後の構想を伺った。

「いや、全然(構想は)考えてないですね(笑)。取れてラッキーぐらいに考えてます。あんまり意識はしてないですかね、あんまり意識しちゃうとブレちゃうので。商売っていうよりは、ただラーメンを作っていればいいかなという考えなので。お金を稼がなきゃいけないってなると、どうしてもラーメンにもそれが出るので…。」


ラーメン屋としては風変わりと言える、ブルックリンやベルリンを彷彿とさせるような奇抜な内装がミシュラン審査員たちの目に留まったとすれば、ある意味ラッキーだったのかもしれない。しかし、八年連続ビブグルマンに載り続けるという偉業は、ラーメン自体の高いクオリティーと廣田さんのたゆまぬ努力の結晶なのである。(ファーラー・ジェームス、矢島咲来 、木村史子 9月5日2023年)

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