西荻で繋がりを再確認した居酒屋
西荻窪駅南口を出て右。飲み屋がギュッと詰まった柳小路。元々「ママ」達が経営するスナックが多い飲屋街だったが、近年、その風景はがらりと変わり、東南風多国籍の夜市的な小路へとなっている。ギリシャ、バングラディシュ、タイ、韓国、沖縄などの料理店が並び、店外にもお店の個性や店長の思いがにじみ出ている。食事やお酒を楽しむお客で溢れる小路を進むと、木製のドアと壁、どこか異国にいるようなデコレーションで飾られた店がある。居酒屋・みでやだ。“Mi deh Ya”の名前はジャマイカのパトワ語フレーズからとったそうだ。「私はあそこにいます」または「今大丈夫です」を意味する。店内ではたくさんのお客たちがが大きな声で笑い、楽しそうにおしゃべりしている。その中には、お客の輪に入り一緒におしゃべりに興じている店長の伊藤さんの姿があった。
居酒屋みでやのオーナーである伊藤美幸さんは大の旅好きで、店の装飾は伊藤さんがアジアや中米、モロッコに旅行したときに撮った写真や集めた雑貨などだそうだ。
店のテーマは特になく、伊藤さん好みの雰囲気で店作りをしている。そんな伊藤さんが飲食の世界に興味を持ったのは学生時代、「カナダに留学した際に行ったバーがきっかけ」だったそうだ。
「カナダに住んでいた時代がありまして、バーに行ったら女性のバーテンダーがいらっしゃって、すごいかっこいいなと思って。日本帰って、大学の時、バーテンダーのバイトをしたいなぁと思って、飲食に入りました。」
カナダから帰国後、吉祥寺でバーテンダーとしてバイトを始め、そこからいろんな出会いがあり繋がりができた。お店のオーナー、先輩、他のお店の知り合いなど、出会いの輪が広がっていった。
伊藤さんの地元は吉祥寺だ。西荻窪にくる以前は、地元の吉祥寺で、今と同じ「みでや」の名で七年間店を経営していた。しかし、二年前に吉祥寺から西荻窪に移転。理由は、西荻窪には伊藤さんが惹かれる東京のローカルな雰囲気がまだ残っているからだそうだ。
「吉祥寺でやらせてもらったんですけど、どんどんチェーン店が進出してお洒落な街みたいに街自体が変わった時に、やっぱり昔の良さとかローカル感が失われて。休みの日に遊びに行く街ですね。例えば新宿、渋谷とか。あのぐらい混雑しているというイメージなんですけど。なんでもあるようになっちゃたけど、昔ながらの良さとかそういうものが失われているかなっと。 そうなったときに面白さが…。やっぱり観光地になってしまったことがあまりにも面白くなくなってきたという感じですね。 それに比べて西荻窪はやっぱり飲食やっている方も飲んでいる側もきちんとやっているというか。(西荻窪には)チェーン店があまりにも少ないじゃないですか。」
吉祥寺の高級商業地化に伴った家賃の高騰にも不満を感じていた。同じような不満で吉祥寺から西荻窪に移転している飲食店は他にも多い。西荻窪の家賃はまだ比較的安く、週末に来るいわゆる「観光客」も吉祥寺よりは少ない(とはいえ、現在西荻窪もその双方が増加傾向にある)。
伊藤さんが西荻窪に移転した理由は他にもある。それは伊藤さんがお店を経営する際に絶対譲れない、お客達との近しい関わりだ。近年普及しつつあるタッチパネル式オーダーシステムを採用するチェーンの居酒屋では決してできないお客との関わり方だ。
「私がやっているやりたいことは、やっぱり、お客さんが一人来られて…出会いの場もそうなんですけど…『面白かった』って反応があれば次にも繋がるっていうのが。それはリアルに西荻。昔の吉祥寺もそういうふうに次に繋がって、お客さんが『友達連れてきました』とか『先週来ました』とか。西荻はまだ昔の吉祥寺のような気がして。横の繋がり…お客さんの繋がりとか、すごく楽しいです。リアクションがちゃんと見えるんです。観光地になるとどうしてもそれが飽和という状態になってしまって。私のやりたい結構踏み込んだ接客というのが…。」
みでやに来るお客の多くが西荻窪の住民で、そのほとんどが常連だそうだ。
「常連さんの方が比較的多いですね。新しいお客さんは、ふらっと入ってきていただいて、そのときにいた常連さんと仲良くなったり。うちは一人で来るお客さんも多いので、まぁ二名様とかも多いんですけど。すぐに友達になるというか。私がいつも一人でここ働いているので。 だからみんな一人で来ても、その日もずっと話していたりとか、次に来たらもう常連みたいな感じだったりとか。そういう意味で出会いの場としてはいろんなお客様いらっしゃるので 面白いと思います。」
一人で来店しても、他のお客と話が盛りあがり、いつの間にか友達になったりする。一度来店したお客が常連になり、そして次に来た新しいお客が常連客と友達になる…こんなふうに輪が広がっていくことが伊藤さんはすごく楽しい、と話してくれた。
常連客の年齢層は幅広い。女性も男性もいる。中には海外出身者も。
「女性も男性も年齢層も…。ほんと、七十の方もいるし、二十代の子もいるし。この間はニューヨークの出身の人で、常連になってくれて、この前誕生日プレゼントもらいましたよ。なんか自家製の酒って言ってて、ジンのブレンドしたお酒をもらいました。英語しか喋れないんですけど、すごく日本の物がいいねーとか食とかに興味を持たれてて。メニューとか読めないので最初はビールだったんですけど、ウーロンハイとか多分海外にはないので、『ウーロンハイ飲んでみなよ』って言って。最近ウーロンハイにはまっています。」
みでやが繁盛店として成り立っているのは、常連客との繋がりだ、と伊藤さんは言う。伊藤さんは店に来るお客達をお客でもあるが大切な仲間だと思っている。お客としてやって来て、飲み友達からスタートするが、徐々に親しさは深まっていく。 常連五十人ほどでボーリングや、バーベキュー、キャンプに行ったりすることもある。みでやが吉祥寺から西荻窪に移転する際も、常連達が様々なサポートをしてくれたそうだ。
「もう、全部手作りで。友達だったりお客さんが、現場監督をやっていたり、フローリング屋さんだったり、ペンキ屋さんだったり、電気屋さんだったりで。で、全部作って、手作りで。これも…フローリング屋さんがカウンターを作ってくれたりとか。手作りでも愛情を込めて、安くやっています。みんなで手作りしたり、私の好きな雰囲気でやっています。」
伊藤さんと常連客が一緒になって、店舗という具体物だけではなく、「店の雰囲気」をもつくったのが西荻のみやでなのだろう。
みでやでのオススメはハイボールやサワーだそうだ。居酒屋ではどこででも飲めるドリンクだが、みでやのは他の店とは少し違うという。
「ハイボールとかレモンサワーは、うちは超炭酸で、サントリーさんのすごい機械で出しているのですごく美味しいと思います。」
一番人気のドリンクは、トロピカルアイスティーというアルコール入りドリンクだ。他のお店ではあまり見かけない珍しいドリンクのようで、多くのお客さんが注文する。つまみで最近の人気は、みでや自家製のジャーキーだ。
「今なんかはジャーキーとかも自家製でうちで作っていたりとか。ビーフだったり、鶏だったり、馬、ささみ。 ここに洗濯バサミをレーンのようにやって、洗濯バサミでジャーキを干していて。そうすると、『あれ二本』とか『三本』とか言って、みんな食べていたりしていますね。」
お客達は朝方までずっと、ジャーキをむしゃむしゃ食べながら伊藤さんと飲んでいるそうだ。
居酒屋みやでは楽しい、と言ってくれた伊藤さん。しかし、飲食業界で働く中苦悩もあった。
「結構男性社会なんで。女性で現場に立つ方とかなかなかいなかったりするので、女性を売るのは絶対やめて、男性と同じ仕事量でやろうと思うんですけど、なかなかやっぱり…。女子って、若い頃なんか特に『女子だからいいよね』って言われたり。ちやほやされるのはいいときもあるんですけどね、そこに嫌な思いも結構したかな。男性に生まれたかったというのもあるんですけど、飲食に対して。若くて可愛いというちやほやのされ方がすごく嫌だった。なので男性には負けられないという感じはありましたね。」
また、女性として居酒屋を持つことの難しさも教えてくれた。
「居酒屋さんって女の方は難しかったりするんです。本当に。イキのいい感じで、キャラクターもよくて、個性が強くないと生き残れないんじゃないかなって。なんか、例えば男の人が酔っ払って裸になって踊ったら面白いみたいなのがありますよね。よく酔っ払うと全裸になっている人、いるでしょ。でもおもしろいじゃないですか、結局は。それをできないじゃないですか、女子は。飛び道具がないというか。」
飲食の世界で生きるにあたり、女性として悩んだこともあった伊藤さん。しかし、みでやでできた仲間のおかげで、今は自分としての軸があると言う。
「もう二十何年やってきて、ずっとやっているし、自分のスタイルっていうのも確立したし。今は姉さん的な感じで、後輩とかも慕ってくれているので。楽しくやっています。」
伊藤さんは今年中、新たに三鷹でおにぎり屋を開く予定だ。現在、店は工事中だ。その店の工事も、全て、みでやで出会ったその道のプロフェッショナル達が率先して進めているそうだ。居酒屋業界で強い思いを持ちそれを貫いてきた伊藤さんと、その伊藤さんのつくりだした空気の居酒屋に惹かれ、お客から、そして友達へとつながりを深めた常連客達。今、柳小路で賑わう「西荻みでや」は、その繋がりの具現化したものだろう。(吉山マリヤ、ファーラー・ジェームス、木村史子、1月24日2020年)