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 音楽愛好家の居場所になるカフェ

更新日:2月23日



 多くの人にとって、個人経営のお店やカフェを持つのは夢であり、その目的は収入を得るためだけでなく、ライフスタイルを豊かにすることやコミュニティーを拡大させることなど様々である。ほとんどの人は実現させることなく夢のままで終えてしまうが、西荻にはこれを現実のものとした多くの個人経営者たちがいる。珈琲と絵と音楽TOPOS」を経営する北村尚子(きたむら なおこ)さんと、次男のまさしさんもそういう人たちだ。TOPOSは南口から三百五十m先にある西荻南銀座通り沿いに位置している。TOPOSは、カフェが特定の興味を共有する人々にとっての小さなコミュニティスペース、いわば「居場所」の一例だ。同時に、このような小規模事業を運営することがどれほど難しく、しかし同時にどれほど報われるかも示している。


まず、尚子さんにTOPOSをオープンするきっかけを伺った。

「場所を作りたかったんです。私はピアノをやっていますし、息子は絵を描いています、それで人が集まれる場所、音楽が楽しめる場所、ギャラリーとして絵を見る場所。とにかく場所を作りたいという思いが。そんなことを漠然と思ってはいたんですけど。本当に転勤族なんです。私自身は中野生まれですが、結婚してからは東京に住んだことはなくて、前橋から始まって、フィリピンに行ったり、台湾に行ったり、八回くらい転勤しました。やっと東京に戻れたのは、結婚して二十四年くらい経ってから。私はその時その時で教えたり、コーラスの伴奏をしたりと活動して、三年に一度くらいでまた新しいところでいろんなことをするんですが、また(転勤)っていう。結局夫はおんなじ会社にいるからキャリアが積み重なっていくけど、私はいつも振り出しに戻るみたいな形で。で東京に戻ってくると、昔の友達はちゃんとキャリアを積んでいるんですよね(笑)。」

いろんな地を転々とした過去があるからこそ、自分の場所を作りたかった尚子さん。そんな思いを抱いていた尚子さんの心が大きく動いたのが2001年の9.11だった。

「本当にきっかけは2001年の9.11かもしれないと思うんですね。て言うのは2001年にちょうど私は五十歳になる時だったの。やっぱり自分の中では半世紀生きたっていう思いが。そしたら、家のテレビで見てたらあの映像なんですよね。それはほんとに衝撃的で、何が起こるかわからない、と。やりたいことをやっとかなきゃいけないって言うような気持ちになったのがきっかけだけど、それがどういうものかと言うのは漠然としていたんです。ただ、どっかを借りてやるって言うのは経済的にも無理だと思って....借りてやるだけの、なんていうか、覚悟みたいなのもなかったんですよね。」

しかしその後しばらくの間は、高齢になるお母様の介護と 病気のお兄様の手助けに時間を割かれていた尚子さん。お兄様は残念ながら亡くなられてしまったが、2005年ごろにお母様の容態が改善し、お店について考える時間と余裕が生まれたという。

「お店のことは色々見たんです。中央線でお店を開きたくて。西荻ってわけじゃなくて、中央線沿線の文化が好きだったのでね、当時高円寺に住んでいたし、色々見たんですけど、やっぱり値段的に折り合わなかったりして、無理だ、と思って。でも兄が亡くなった後に、なんか飲食業をしていた兄の意思を受け継ぐ意味でも今はどんな物件があるかなと思ってネットで見たら、たまたまここの物件が出てたんですね。ほんとそれは偶然みたいなことだったんですけどね。値段的にも、もしかしたらできるかなって思いました。」


「それで、この場所に行ったんです。この奥まった感じを見て、ここだと思ったんです。その時にね、ここがその場所じゃないかという感じで。このビル自体古いですね、五十年ぐらい前じゃないですかね。もう何回も変わってるんです、学習塾だった時もあるし、アンティークショップみたいだったり、劇団が稽古場で使ってたこともあったり。でも、ここで飲食するのはうちが初めてだと言われました。だから、こんな奥まったところで、そういうことを考える人がいないみたいな感じだったんですけど。で、大家さんがとてもいい方で、ここの五階に住んでらっしゃって。その大家さんに『ピアノを置きたい』というお話をしたんです。なかなか難しいですよね。音のこととかもあるし。そしたら、それは全然もう構わないということで。それと、犬を飼ってたんです、黒のラブラドールを。犬も連れて来ていいかと言ったら、しつけさえできてたら、なんか象でもトラでもいいみたいなことをおっしゃって(笑)。本当にこんな場所はもうないと思いました。なんか本当にびっくりするようにトントン拍子というか、そんな感じでした。」

大家の方は音楽好きだったのだろうか。

「音楽は特別好きだってわけではなかったと思うんですよ。奥様がとても好きですよね。ご主人さまはそうではなかったかもしれない。なんかピアノを置いてもいいですけど、ヘタなら苦情が出ますとか言われました(笑)。」

 

喫茶店TOPOS

店内の奥には小さなキッチンがある。

「はい、この奥がキッチンになってますね。インターネットに出してくださった不動産屋さんにこんな感じのものを作りたいと図面をお渡しして、それでやっていただきました。」

TOPOSではどのような料理があるのだろうか。尚子さんは、まさしさんの絵が添えられたメニュー表を私たちに見せてくれた。

「喫茶店ですから、定番カレーライスと、それからハンバーグ。常にあるのはまあ、カレーライスとハンバーグで、ランチタイムはこれに本日の一品って感じで。和風のものが出ることもあるし、いろいろです。」

料理はまさしさんと一緒に作っているそうだ。

「私も割と料理好きですし、息子も小さい時からその横でなんかいろいろ刻んだりなんかやってたんで、とてもこういう仕事には合うかなって.... それでなんかこういう形でやり始めました。」

尚子さんとまさしさんと協力しながらのお店経営。TOPOSをオープンする話は親子の間でどのように展開していったのだろうか。

「東京に来た時に、(まさしさんが)デザインの専門学校に入ったんですがあっという間にやめたんです。自分の場所じゃなかったみたいで。その頃は色々アルバイトしながら絵をずっと描き続けていて。喫茶店の提案をしたら(まさしさんに)最初は断られました。でも私もなんか一人でやるのはちょっと不安だったところもあったので、後ろ(キッチン)で私の仕込んだものを温めたりなんかして出してくれればいいのよぐらいの、そんな感じで彼にお願いしました。でも最終的には前(カウンター付近)をやるって言ってくれて。(まさしさんは)人と話すのがとてもいい感じなので、それでよかったと思ってます。」

店で提供するコーヒーは、高円寺の老舗から仕入れたものだ。

「その当時高円寺に住んでたので、さわやこおふぃさんっていうのがあって。家族経営のところで。そこのコーヒーをずっと高円寺にいた時に飲んでいたので、そこにお願いすることにしました。」

 

音楽愛好家たちの居場所になって

十八年の間に喫茶店TOPOSはどのような場所になったのだろうか。

「本当に見知らぬ人でもちょっとしたきっかけでお話しできるような場所を作りたいっていうのがありました。そしたら本当に開店したその日に、お互いに知り合いじゃない二組のご夫婦がいらっしゃったんですね。で、私もその方達を知らない。ちょっと年配の方ともう一組。そしたらかかってた音楽のことで、なんか会話が。どちらも音楽好きだったんですね。ボサノバがかかっていて。そして、こう、知らない人同士が話すのを見て、私は『あ、そういうお店を作りたいと思ってたけど、こんな開店の初日にそういうことが起こるのか』と思って、ちょっとビックリした感じでした。」

「あの年配の方はお近くなんで今でもいらっしゃいます。もう一組は、阿佐ヶ谷で飲食をやってらっしゃる方たちだったんですね。それでなんかいいお魚がある、ということで西荻に来てらっしゃったみたいなんです。その店も閉められてしまったみたいで。もう今は、いらっしゃらないんですけどね。」

TOPOSが目指す居場所作りとは、北村さん親子にとってというだけのものではない。常連客にとってのいい居場所作りなのである。

「はい、そういうことなんですね。それでTOPOSという名前をつけました。TOPOSというのは、ギリシャ語で簡単に言っちゃうと場所っていうことなんです。もうお亡くなりになったんですけど、中村雄二郎さんっていう哲学者がいらっしゃって、その方が、世の中には科学がすべてを解決するみたいに言われてるけど、そうじゃなくて、なんて言うんですかね?感性とか、そういういろんなものが大切っていうことで本を書いてらっしゃって。TOPOSのことも書いてあるんですけど、それ読むとなんか難しいんです。数学的なものとかもあったり。でも私の中でTOPOSっていうのは場所っていうのがこうスッと入って来て。それで、それじゃあTOPOSにしようと。」

この十八年間で、どんな人たちの居場所になっているのだろうか。

「そうですね、ランチタイムにいらっしゃる方って、割と近くの方とか、お一人の方が多かったんです。コロナになった時に、そういう方達、いわゆる常連さんが『ほかのお店には行けないけど、ここだったら来れるからとにかく続けてほしい』と。その言葉を聞いて、それじゃあ続けようと思って。ただ、時間は午後四時でもう閉めちゃってね、帰ってましたけど。でもそれを知り合いの人に話すと、なんでこんな時に店を開けるんだっていう人も確かにいました。でもその方達(常連客)はここがなければね。ずっと家で一人で過ごさなきゃなんないっていうような感じだったので、そういう意味では、ここだったら大丈夫っていう場所になればいいなという感じはしました。」

コロナが落ち着いた今は営業時間もコロナ前と同じくらいに戻っているようだ。

「終わる時間は、今は七時になってますね。コロナの時は三時ぐらいで閉めた時もありました。ただ、長く閉めることはなくて、短い時間だけども、ランチタイムだけでもやって、そこでいらっしゃれる方が来るような形にして。コロナの時は皆さん頑張って毎日いらしてくださいました。」

最近では年配の方以外の若い世代のお客も増えてきている。

「だんだんなんか少しずつね。若い方にもいらしていただけるようになっていますね。」

 


尚子さんはお客達とは会話もしている。

「そうですね。最初の方とはさすがにそんなね、できないんですけれども、だんだん顔馴染みになると、お話することもあります。ちょっと話に夢中になると、『ちゃんと作らなきゃダメでしょ?』って息子に言われちゃったり。」

適度な距離感がお客達にも居心地がいいのだろうか。店内にはカウンターがあるが、特にそこは常連客だけの場所ではないそうだ。

「そういう感じもありますけれども。でもなんか全然その時、その時っていう感じもありますね。お気に入りの場所はあると思うんですね。でも、誰か絶対そこに座ってるってことはないですね。」

 お客の男女比は「女性の方が多いと思います。七割ぐらいは女性じゃないかな。」とのこと。女性が多い要因としてはTOPOSが開催しているあるイベントが関係しているようだ。

「月曜日は毎週『歌の日』になるんです。で、これはみんなで歌うんです。歌声喫茶ってご存知ですか?若い方は知らないと思うけれども、大勢集まっていろんな、昔の歌を歌うんですね。これはもう九割女性ですかね。曲目のリストがあって、この中からリクエストで歌うんです。」

「であとは金曜日に一人で歌う方のための日をやってますね。シャンソンを歌う方がよくいらっしゃって、伴奏を私がしてます。毎週やってます。あと、毎週土曜日の夜六時から九時まではピアノの日っていうのをやってます。このピアノを誰でも弾けるっていう日。ええ、それはジャンルを問わず。もうクラシックでも懐メロでもシャンソンでも。」

歌の日にはどのくらいの人が集まるのだろうか。

「十人ちょっとぐらいですかね? やっぱりある程度の年、私ぐらいからちょっと上ぐらいだから、そういう人たちが知ってる歌になっちゃうんですけどね。」

集まる十人は意外にも近所に住んでいるというわけではないそうだ。

「阿佐ヶ谷の方とか中央線付近、そんな感じでいらっしゃいますね。みんな毎回とても楽しみにしていらっしゃって、ここで知り合った方とお話してるうちに、終わった後にちょっと飲みに行ったりしてらっしゃるみたいです。かがやき亭でもやっぱり木曜日が歌の日になってて。かがやき亭の方が大きいから、もっと二十人近くなるんですけどね。アップライトピアノがあるので月に一回弾きに行ってます。」

「歌の日」はコロナ禍の中でも試行錯誤しながら続けたそうだ。

「やりましたね。緊急事態宣言が出たときはお休みしたんですけれども。歌詞カードっていうのがあるんですが、配るのはやめて。もうこっちで、今日はこれを歌いますってセットアップして。続けることは続けました。ええ、皆さんいらっしゃいました....いろいろ試行錯誤でしたね。人数を半分にして、隔週にして十人のところを五人ずつにしたり、でも結局それはやっぱり面白くないってことになって。今は前のようにやっています、五分間の換気タイムが残ってるんですけどね。そんな感じですね。」

 

趣味と経営の両立

北村さんはTOPOSで生計を立てることは考えていたのだろうか。それとも、北村さんにとって音楽とアートがある場所作りは趣味の一環なのだろうか。

「そこら辺ですね。それは、趣味じゃなく、ちゃんと自立してできるようにと思っているんですけれども。やっぱり生活面は夫がいますので、その、なんて言うんですかね?これでひと財産作ろうとかね。そうじゃなくて、とにかくこう集まった方同士が例えば一人でいらっしゃる方同士でもなんか自然に話ができるようなね。そんな場所を作りたいという思いが。 」

「もちろん、自分で自立できるようなことがね、できたらそれは素晴らしいんですけど。なかなか現実はね、難しいところはあります。これが、自宅を改装してやってるんだったら、お家賃の分がなくできるけど、(TOPOSは)借りてやっているからね。ただ、西荻は、こういう小さい物件がいっぱいあって、個人で借りて、やってることをいろんな方に見ていただくっていうには、すごくいい場所なんだなっていうのは思います。そんな感じですね。」

喫茶店経営のみでの経済的な自立は難しいようだが、今後の経営についても伺った。

「でもこれからはなかなか大変かもしれないと思って。光熱費も上がったしね。わたしも歳を取っていくしね。始めた時は、五十三歳だったんですよね。で七十ぐらいまで出来るかなと思っていたら、もう過ぎてしまって。でも、いろんなことを考えてもできなくなるときはくるわけで。まあ、それまではやりたいなと思っているんですけどね。コミュニティがあるから(経営を)辞めるのがもったいない感じがします。やめるとしてもそれはまだもうちょっと先かなと。もうちょっとやりたいです。」



ピアノとアートの出会い

他の喫茶店では見られないTOPOSの最大の特徴は、店内に置かれた尚子さんのベヒシュタインのグランドピアノだ。このベヒシュタインは尚子さんが四半世紀を共にしたピアノである。ピアノとの出会いは偶然で、東京に来る一年前。名古屋三越のチラシがきっかけだったそうだ。相性が悪いと思っていたピアノブランドだったものの、このピアノを弾いた瞬間、こんなにも自分の思っているような音が出る楽器に出会えたのは初めてだと感じたそうだ。

「この象牙の鍵盤も、このクルミ材のこの茶色の木目も、音色も、とにかく何もかも素晴らしくて。そのピアノに出会ったことで、今まで弾き続けてきたっていう風に思っています。」

尚子さんはこの場所でピアノを教えてもいる。

「コロナになって、とにかくお客さんが減ったし、時間があったので、ちょっとレッスンのチラシを作ったんですね。そしたら、少ないですけど生徒さんができて。教え始めたら、なんか教えることがこんな面白い楽しいことだったんだって思って。とても勉強になるというかね。コロナをきっかけにやるようにしてよかったなと思ってるんです。」

「土日の午前中しかできないんですけどね。その時間に教えています。みんな大人の方で、ある程度弾ける方なので、毎週やらなくても月に一回とか月二回で十分でね。うちの土曜日の夜六時から九時にあるピアノの日っていうのは、小さい時に(ピアノを)やってて、専門学校にはいかなかったけれども、社会人になってやっぱり続けたいという方がいっぱいいらっしゃるのよ。それでね、皆さんお仕事したり、いろいろ忙しい中でもよくやってらっしゃってて。だからピアノの日っていうのは、本当にピアノが弾きたいんだ、っていうパワーを私がもらえるような感じがします。」

尚子さんは音楽のジャンルを問わずなんでも好きだそうだ。

「私は、クラシックをやってますけれども、ジャンルは問わずなんですよ。だから、シャンソンの伴奏も弾きますし。歌の伴奏だったら、それこそ懐メロでも演歌でも。それぞれの音楽にそれぞれの良さがあると思うのでね。もちろん、クラシックは歴史も長くて、時間の中で淘汰されてしまう作品もあるわけだけども、何百年も残ってるということは、それはもう素晴らしいことなんですね。」


TOPOSの店内では、音楽だけではなくまさしさんのアートを至るところで楽しめる。そして、まさしさんの作品はここで購入することもできる。

「いろんなものを描いてますね。タイルに描いたものとか、いろいろやってますね。」

料理を盛り付けるお皿に描かれたアートもまさしさんの作品だ。

「お皿はかなり長く使ってます。下書きをせずに、フリーハンドで描いちゃうんですね。だから、同じものがないんです。なんか本人に言わせると、同じものを描く方が難しいって言うんですけど。で、こうなんかチューブ状の先がすごく細いピンホールみたいなものを絞りながら描くんですね。これ自体はフランスの画材なんです。アウトライン用で。これだけ使って描くのは珍しいって言われたみたいです。家庭のオーブンで焼き付けができるんです。そんな八百度とかなんかじゃなくて、百五十とかね。三、四十分でね。大きいお皿なんかもう十何年使ってるけど、ちゃんと保ってます。」

まさしさんはTOPOSの店内でだけではなく外部でもアート活動を行っているそうだ。

「基本的にお店が終わって、家に帰って夜中に描いているんです。それがたまると、お店に置くこともあるんですけど、銀座にある月光荘っていう画材を扱っているお店があるんですね。そこの下に画室と言われてるところがあるんです、地下の空間がね。そこで二年に一度、(展示を)やります。一週間。来年(2024年)の十月になるかな。お皿とかいろんなものですね。布に描いているのはアメリカの画材なんです。だから色合いが違うんですけど、あれは乾けばオーケーだから、洋服でもハンドバッグでも靴でも帽子でも。そんな感じですね。食器なんかは売ったりもしてます。『これいただけるんですか。』って言われたら、いいですよみたいな感じで。」



TOPOSと西荻の十八年間

西荻駅の南側は商店街地区としてかつては賑わいがあった場所である。しかしこの十八年の月日の中で、町が変化していく様子を周辺に住む住民たちは目の当たりにしてきた。TOPOSがある商店街はどのように変化していったのだろうか。

「ここは本当に、昔は一番賑やかな通りだったって聞いてます。ずっとお店が並んでて。でもだんだん、跡継ぎさんっていうか、お子さんはもちろんいらっしゃるんだけれども、お店は継がない、なんかそういう方が多いみたいで。八百屋さんがあったり乾物屋さんがあったり、いろいろここだけで住めるっていうような感じだったらしいんですが。やっぱり西荻もどんどん変化があって、こっち(南)の方がなんか寂しくなってしまって。それでも、お祭りの時はね色々あったんですけど、コロナでできなくなったりね。

同じ商店街のお店の人との関わりはあるのだろうか。

「新年会とかお祭りの時に集まってね、結構そういうのがあったんですけど。新年会もなくなったしね。バス旅行っていうのもありました。」

「私は、あんまり参加してないんですけれども、バス旅行は皆さん楽しみにしてらっしゃいましたね。私が行った時は、富士山のほうに行きました。」

 

TOPOSは営利目的の店舗スペースというよりも、お客様と共に創り上げた小さなアートコミュニティスペースだろう。母と子が芸術や音楽を共有する場であり、店に集まる人たちはその空間で芸術を楽しむ場所である。西荻にはこのような他人同士がつながりながら、それでいて自分らしくいられる「居場所」が数多く存在する。このような店を純粋な経済的論理だけで理解することは難しいだろう。しかし、経済的論理にかなった活動のみで、人は楽しく暮らしていけるのだろうか?それぞれの人のその人らしさを実現し、それを誰かと共に楽しめる場、簡単に言ってしまうとコミュニテースペースなのだが、日々の暮らしの中での楽しみの場を提供することは、日常の中でなくてはならない価値があるものだと私たちは理解している。(ファーラー・ジェームス、矢島咲来 、木村史子 12月20日2024年)

 

 

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