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過去を無駄にしないカフェ

牧田歩(まきた あゆむ)さんは、西荻窪に深い関わりを持っているカフェのオーナだ。牧田さんの信念である「もったいない精神」はカフェギャラリーKの内装に表れている。牧田さんがカフェをオープンする前、この場所で営まれていたジャズバーやギャラリーの雰囲気、家具を受け継ぎつつも、牧田さんが求める新たな要素を足すことで生まれた、時代の重なりを具現化したカフェである。また、無駄を出さないという信条はメニューやテイクアウトの有無を通して廃棄物削減への取り組みにも繋がっている。一度は会社員として働いていた牧田さんだが、業務内容と自身の信条の不一致により退職。その後、昔からの憧れである秘密基地のような空間を作るためにカフェギャラリーKをオープンさせた。このカフェは牧田さんの家族や牧田さんの過去を繋ぎ、牧田さんの理想のライフスタイルを追及するプロジェクトである。


牧田さんはカフェギャラリーKオープンの経緯を教えてくれた。
「ここはもともとうちの物件なんですね。で、ずいぶん昔に、もう何十年も前に人にジャズバーとして貸出してたんです。それが閉店されまして、そのままずっと使ってなかったのを母がギャラリーとしてやってて、で絵画展だとか 、場所として真珠とかの販売だったりとか、あとはボサノバのライブなどをやってたりしてたんですよ。で、合わせてわたくしがカフェもやりたいということで、じゃあもうギャラリーKの前にカフェをつけてカフェとしてオープンしようって言ったのが始まりです。」


カフェギャラリーKがあるこの場所は、もともと牧田さんの祖父母が1960年代後半に購入した場所である。家付きの土地であったが元あった家を壊して、1970年に今のカフェギャラリーKが入っている建物に建て直されたそうだ。現在カフェギャラリーKがある二階のこの場所は、最初、テナントとして麻雀パーラーが入っていたそうだ。そこが閉店した後、ジャズバーがオープン。ジャズバーの閉店後、2010年に牧田さんのお母様がギャラリーKをオープン。そして、2013年には牧田さんがカフェギャラリーKをオープンした。ギャラリーとしては現在も定期的に使用されているそうだ。


店の扉を開けると、「ギャラリー」と銘打つにふさわしく、広い壁に飾られた五枚の素敵な絵がお客を出迎える。 
「売るものではなくて、うちのものになっているんですけど、身内のものなんですけど、母の描いた絵です。これは母の絵で。母の先生の、複数の先生に習っていて、それで、その方とその奥もそうですね。で、こちらはまとめて譲って頂いた絵にはなるので、お会いしたことはないんですけれども、ムサビ(武蔵野美術大学)の(土屋禮一)教授の絵にはなりますね。岩絵の具なので近づいてみると表面がキラキラしているので、ちょっと変わったものにはなるかなと思います。」


なぜ西荻窪にギャラリーやカフェをオープンしたのかを伺うと、牧田さんのご家族は祖父母の代からずっと西荻窪に住んでいらっしゃるとのことだった。落ち着いた街並みやアクセスの良さが牧田さんや牧田さんのご家族が西荻窪を気に入っている理由だそうだ。


このカフェがジャズバーだったのは三十年以上前。牧田さんが生まれるか生まれないかの頃だが、その頃の空気は今のカフェにも色濃く残っているという。
「空間は割とその頃の、私が足してる物が多いんですけども、ジャズバーだった時のものの色合いは結構残っているなって思いますね。」
牧田さんは大学生になるまで場所でジャズバーが営まれていたことを知らなかったという。なのに、なぜ昔の姿を残すことを意識しているのか。
「もったいない精神もあってほとんど残していますね。ただやっぱり変えた方がいいなと思う照明は変えたりしてますけども。例えばこのゆりの木のテーブル、ゆりの大木の一枚板なんですよ。で、このテーブルを買うのももうだいぶ難しいし。この床も木材で、加工していないんですね。これを、今、もうあつらえることはほぼ難しいってなっていますし、あとはそこの、今後ろにあります窓の扉も加工は難しいって言われてしまって、一回新しくしたいなって思ったんですけど、やっぱり嫌だったので真ん中にあったこっちのものを壊してあちらに当てはめるように大工さんにお願いしたりはしました。雰囲気は基本的に八割以上残していると思います。それプラス照明を変えたり、新しくソファを足したりはしているんですけれども、当時の雰囲気を壊さないようなものを選ぶようにはしていますね」 


牧田さんがこの場所にカフェをオープンしてから八年。以前は会社員で営業担当だったが、営業の仕事は彼女の性格に合わなかったそうだ。
「社会人を一応経験しておりました。会社で、営業職、販売ですね、をやっていたんですけれども、接客業は元々好きだったんですが、売りたくないものを売らなきゃいけないストレスがすっごい強くて。壊れてしまうようなものとかをおすすめしなきゃいけなくて。でも上からも言われて、というので心苦しくて。それでもう辞めてしまったんですね。いい経験はしたなと思いますし、人には恵まれていたのでよかったですけれども。」
つらい会社員時代を過ごした牧田さんは、お母様のギャラリーオープンをきっかけにカフェを開くことを決心したそう。


「元々カフェを巡るのが好きだったんですけれども、一人で行動することが好きだったので。カフェに行くと、大体近い距離とか、あと人と一緒に座っていてもすぐ隣が近い距離で他人の声が聞こえてきてしまったりするんですけれども、それでも自分の家で作業するよりもカフェの方が作業もはかどるし落ち着くし、飲みたいときは注文すればいいし、というような形でカフェが好きだったんです。自分でそうゆう環境を持ちたいな、提供したいな、と思ったので、一人の客席としてのスペースが広い店を開きたいなと思ったので、今このような状況でやらしてもらっています。作業する場所が家以外に欲しくて。やっぱり昔あこがれたと思うんですけど、お金ない時期って自分だけの秘密基地が欲しいなって思ったりして。だったのでここの、うちの物件ではあるんですけど、大学の時に始めて知ったんですね。で、その時から大学時代の友達と秘密基地のようにここをカフェとしてではなくパーティをしたりだとか使ってたりして、ここをそうゆう風に使いたいなとは社会人の時も思っていて。で、それで母がここでギャラリーをやり始めまして、それからじゃあここでカフェをやりたいなという形で。」


牧田さんの理想の空間造りへの努力の賜物か、カフェギャラリーKを訪れるお客もスペースの広さやプライバシーを保てるこの場所を重宝しているそう。
「最近は一人の方が多いですね。あとはまぁ多くても二、三人ですかね。四名以上はここ最近あんまりいないですね。やっぱりコロナの影響があるのでお客様の方でも人数は少なめというのもありますけど。元々人数は低めか多くても会社の打ち合わせですね。あとは個人情報が出ちゃうから、ちょっとほかのチェーン店のカフェだと席が近くて声が聞こえてしまうからということで、この大きなテーブルで契約などされていますね。投資の話とか保険の話とかで。あとは結構多いのが芸術系の方の契約の話だったりとか、あと漫画家さんとその漫画家の編集者の方が打ち合わせされたりとかですね。そうゆう使い方が多いかなと思います。西荻、そうゆう方が結構多くて住んでいらっしゃるので。」


最近では海外の方の来店も増えているそうだ。七割以上が常連客で占められているという、愛されているカフェギャラリーKの様子も伺えた。西荻窪に住んでいるお客だけではなく、遠方から足を運んでくれるお客にも何度も通ってもらえるようにコミュニケーションをとることを心掛けているという。
「地元のお客様が多いので地元の方とお話をしたりだとか、逆に遠くから来られた方は遠くからきたんですよっていう話をお聞きして。基本的にはカウンターに座っていらっしゃるお客様か、あとは最初からフレンドリーなお客様ですね。おばさまあたりはすっごいフレンドリーに声をかけてくださるので。逆にコミュニケーションを一度でもとったお客様は繰り返し来てくださるので。」


メニューを開くと何種類ものドリンク、しっかりボリュームのある食事、そして美味しそうなデザートが並んでいる。牧田さんのお母様が担当しているシフォンケーキ以外、全て牧田さん一人で手作りしている。
「全部手作りです。一人でやっているので、条件としてお客様がいっぺんにたくさん来ちゃっても慌てないで作れるものとなると、どうしても丼ぶり系だったらすぐにお出しできるんですね。パスタとか出したいんですけど目が離せないので、そうゆうものはお出しできないんですね。なので、ちょっと温めて、事前に作っておいてあとは最後の仕上げで出せるものですね。」


牧田さんが、一人でもやっていけると考え抜かれた数あるメニューの中から、特に人気のメニューを教えてくれた。
「珈琲は今お飲みいただいているカフェラテなんですけど、カフェラテのラージですね。まぁ時期によるんですけれども、コーヒーが一切が出ない時もありますね。ひたすらレモンジンジャー作りますね。うち珈琲が好きということでカフェをオープンしたのに全く一杯も出ないときがあります(笑)。まぁこれも自家製のシロップを使っているので嬉しいですね。ご飯ものだったり、数でいうと煮豚の方が出ているんですけど、リピーターが一番多いのがチキンカレーですね。こちらもパウダーから作っています。デザート系ですとフォンダンショコラとクリームブリュレですかね。」


季節のメニューや新作も日々考えているそう。
「好き勝手やらしてもらっています。今日はなんかおいしいものないかな、とか。今の季節はタケノコが美味しい季節なので青椒肉絲丼を出していますね。で、今はリンゴをだしてますけど次はイチゴをだそうかなって考えています。」
ほとんど一人でレシピの考案と調理をこなす牧田さんだが、ほぼ独学だそう。


「基本的には食べ歩いたりだとか。あとはコンビニのスイーツを研究しましたね。コンビニのスイーツって結構流行りのスイーツが多かったりするので、今はカスタードが人気だな、とか白玉かな、とか。バスクチーズケーキは完全にローソンのを参考にしましたね。流行が速いのと、あと、人気があるものは残るのでコンビニで長期間あるものってのは絶対に作って失敗はないなと思います。あとはレシピをとにかく見比べて試行錯誤を加えていって、基本的にはオリジナルのレシピになるようには心掛けています。料理学校には行ったことがないですけれども、レシピを見ていてこの人に教わりたいなと思うことはあるんですけど、作っていくうちに自分の中のこだわりとかが出てきてしまいまして。だったら回数を重ねて自分で作っておいしいものを作りたいなというのが多かったりしますね。」


ここまで自分でレシピ作ろうとする理由は化学調味料を使いたくないというこだわりからだ、と教えてくれた。
「インターネットもYouTubeも観てますし、レシピ本をとにかくいろんなのを探していますね。有名パティシエさんのを探すようにしていますね。教えてもらうとどうしても決まったレシピじゃないですか。その決まったレシピって大体どうしても化学調味料が入るんですね。例えばベーキングパウダーだったりとか、イースト菌はまぁしかたないんですが、バターではなくマーガリンだとか。香料をだいぶ強く入れたりだとか、着色料とか。そうゆうのがあまり納得いかなくてなるべく使わないように、はい。」


ベーキングパウダーの代わりに卵白を多めに使用したりと、様々な工夫を凝らしてレシピを作り上げていくそう。最低でも二十回は同じケーキを作ると教えてくれた。半年以上前から出しているバスクチーズケーキもまだまだ調整中だ。牧田さんの強いこだわりが感じられる。


料理や空間造りに力をいれている牧田さんだが、このカフェの一番の特徴はこのお店のゆったりとした雰囲気だそう。
「よく言っていただけるのが、眠くなる、って言っていただけます。私が元々カフェで作業がしたいからってことでカフェが好きだったんですけれども、自宅よりは作業がはかどって、図書館よりはお喋りができるという空間が自分の中ではできてるかなって思います。」


牧田さんは化学調味料を使用しないこと以外にも、資源を大切にすることにも気を使っている。焼き菓子等のテイクアウトも、プラスチックごみの増加を懸念して行っていない。牧田さんは自身の環境問題への意識について話してくれた。
「罪悪感なんですね。例えば、実は面倒くさいというのもあって揚げ物があまり得意じゃないんですけれども、排水口に流す油とかも嫌なんですね。あと便利で使ってはいるんですけれども、ポリ袋の大量消費をするのも好きではないんですね。やっぱりもったいない精神が強いので、きれいなものは、愛着、ものに対しての情は強い方なので、できるだけ大事に使っていきたいなと思っています。廃棄するものを少なくしたいんですね。例えばデザートとかでも、一回パンケーキをだそうかなと思ったんですけど、パンケーキって一緒にシロップをお出しするんですけど、その余ったシロップを捨てるのも嫌で、あれは使いまわしできないので。それが嫌だったのでやっぱりやめようかなって思ったり、っていうところはあります。環境はやっぱり気にするところはあるかなって思います。」


牧田さんはカフェのオーナー以外にもお仕事をされている。
「不動産と、あとコインランドリーをやっているんですけれども。あとは投資ですね。まぁ季節ものですね。カーテンとかダウンジャケットとかを利用される方がいらっしゃいますね。なので、それを待っている間にカフェに来てくださる方もいらっしゃいます。」
カフェギャラリーKの下の階は、三十年ほど前から西荻でも人気の八百屋に貸している。不動産収入となるものの、人気の八百屋が下にあることで上にカフェがあることに気づかれにくいのが唯一の弱点だそうだ。だが、一方では食材の補充等がすぐできることが大きなメリットになっているそうだ。


カフェのオーナー、というとロマンチックでスローライフな生活を思い描く人も少なからずいるだろう。ビジネスの視点からカフェ経営の現状について伺ってみた。
「一言でいうならカフェは儲からないです。全然儲からないです。なので、ほかの仕事があるから好き勝手やらしていただいているので本当に親には感謝しています。併設してなにかというところじゃないと大変だなって思いますね。単価がやっぱりどうしても低いんですよ。お酒だったら金額出せるけれども、珈琲に高い金額出すのは抵抗がある方が多いので。なので、たまにパソコン教室など開いているんですけれども。カフェだけはやっぱり厳しいですね。」


単価が低いのなら客数を増やせばいいのかもしれないが、接客や料理の質を保ちたいと願う牧田さんには負担がかかりすぎてしまうそうだ。
「増やすと私一人でやっているので無理が出てきてしまって。前にバイトさんを雇ったことがあるんですね、バイトさんを雇ったんですけどやっぱり納得がいかなくて。自分が求めているものをやっていただかないとちょっと悲しくなってしまって。それがお客さんのところに届くサービスとしても自分の中の妥協点にいかないと、もうちょっと、と注意はするんですけれどもなかなか直らなくて。それだったらまぁ収益が少なくても満足のいくサービスがいいなと思って今は一人でやっています。」
現在、コロナの影響で客足も少なくなり、頼みの綱である国からの助成金も条件が満たされず支給されないという厳しい状況。それでも牧田さんは定休日を増やしながら、週末には訪れるお客を迎えようと努力をしている。なんとしでてもお店は続けたいという牧田さんのカフェへの強い思いがあるのだ。


しかし一方で、牧田さんは喫茶店を始めたいという人へ現実的なアドバイスをする。
「正直あまりおすすめしませんね。するんであれば最初からいい場所、うち二階なんでやっぱり、初めての方が少ないんですよ。常連さんでいい方がたくさんいらっしゃるんですけど、変な方がいらっしゃらないというメリットはありますが、客数はやっぱり少ないですね。あと、客とスタッフが確保できれば全然やっていて楽しいなって思うんですけど、カフェ以外の付加価値がないとやっぱり厳しいなと思います。純粋にカフェだけだと今は結構つぶれちゃうところが多いなと思います。西荻がまだもっているのは、チェーン店があまりないんですね。チェーン店があったらやっぱりどんどん厳しくなってしまうと思うので。なので、杉並区で唯一スターバックスがないんですよ、ドトールはあるんですけど。なので、そうゆうチェーン店がないから個人店がもってるっていうのはあるかなって思います。」


どの飲食店、特に個人営業の店にも同じことが言えるが、カフェはオーナーの理想を映し出す鏡である。しかし、安定している事業形態であるとは言い難い。牧田さんは安易に理想を追いかけ、このビジネスに飛び込むことへの危険性を忠告をしてくれた。だが、カフェギャラリーKは牧田さんにとって安息の地であり、競争の激しい都市生活から逃れられる場所であることに変わりはないのだろう。(ファーラー・ジェームス、野本愛、木村史子 2021年6月1日)

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