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最後の「町中華屋」で満腹になる

「町中華」は斜陽産業だそうだ。西荻窪「八龍」の店主、渡辺喜彦さんは、一番のピーク時には、同僚たちと一緒に「八龍」という名前で五店舗まで展開した。

「昭和の終わり、平成初めの頃ですね。一人一店舗ずつ持ってた。一番最初は大宮ですね。大宮、国立、国分寺、新宿、六本木、赤坂、そして西荻窪でやってたんです。今はここと大宮だけが残っている。」

なぜ現在は二店舗だけになったのかを聞くと、渡辺さんは悲しいこと教えてくれた。

「みんな死んじゃった。もう六十前に死んじゃったし。やっぱり中華やる人、みんな真面目じゃないから。ギャンブラー多いですよ。仕事終わってからギャンブルするから。寝ないでそれやるから。そういう生活したら死んじゃいますよ。寝ないで、麻雀とかやって、お酒でしょう、タバコでしょう。次の日、やはりクレームも出れば、だんだん経営状況は悪くなるし。みんな死んじゃいましたね。一人だけ生きてるけど。一番最初のオーナーが。北海道の先輩の人。」

 

西荻窪駅から3、4分ほど歩き、住宅地に入っていくと、そこに「八龍」の姿が見えてくる。中にはカウンター席が一列並び、それに加えテーブルが三、四つある。一見特に珍しくない、どこにでもある日本の伝統的な中華屋といった風情だ。キッチンはカウンターの直ぐ隣で、中の様子は丸見え。そこで料理を作っているのは店のオーナーである渡辺さんだ。「八龍」は今、家族経営である。渡辺さんはオーナー兼料理人で、奥さんは外で接客し、二人の息子はデリバリーを担当しているそうだ。

 

渡辺さんは新潟出身で、十五歳のときに家族の友達に声を掛けられ、上京した。

「近所の人がやはりお蕎麦屋さんやってたから、是非来てもらいたいって言うので。小学校のときからずうっと、その(お蕎麦屋さんやっている)お爺ちゃんがいて。だから、中学校卒業したらすぐ来たんです。上京して、お蕎麦屋さんに来て。そこに十三年いたかな。」

そしてその後、蕎麦から中華に移ったのは、これも東京で出会った友人の誘いだったそうだ。

「その人はずうっと中華やった人。中華を習ったのは、ある先輩から。彼は北海道の人。自分より三つ上だったかな。自分の店を持つために、夜、中華やりながら、昼間はお蕎麦屋さんで出前のアルバイトして、お金貯めて。自分の店持ちたい、そういう夢があったね。」

 

「町中華」という単語を使った彼にその定義は何かと聞くと、彼はこう答えた。

「やっぱり、麺もあればご飯もあって、それにおつまみもあれば、食べたときお腹にどーんとくるでしょ。『あっ、食べたな』、っていう。中華はお腹いっぱいになったら、もうお腹いっぱいだから。」

日本人で渡辺さんくらいの世代にとって、町中華 の料理は充実した快適な食事である、アメリカでよく言われる、「中華料理は食べてから一時間後に空腹感に襲われる」といったイメージとはまったく違う。

 

そして、渡辺さんは寂しそうに、現在の町中華の現状も話してくれた。

「何年かしたら、もうチェーン店だけになっちゃう。居酒屋とか、そういうのばっかになっちゃう。僕はもう六十三でしょう。もう僕らは最後の世代だから。僕らの年代のが辞めちゃったら町中華はもう半分以下になっちゃうね。」

彼はこうも続けた。

「でも中華やる人もいない。儲からないから誰もやらない。仕事がハード。要するに、時間長いし、体も大変だから。やっぱり歳でやめちゃった。みんな。若い人とか、来ないんですよ。若い人、バイトも来なければ、働く人も来ないからな。」

 

「八龍」で出している料理はどちらかというとよくある大衆的なメニューだが、この店独自のメニューも多く揃っている。韓国の都市名「仁川」の名を冠した「仁川ラーメン」の文字が目に入ったので、彼に料理の話も聞いてみた。

「けっこう我流ですから。要するに、伝統的な中国料理じゃないです。うちのオリジナルメニューもあるし。自分の口に合う、自分が食べて美味しいのが一番っていう。都市の名前を付けた料理って結構あるじゃないですか。それは覚えやすいんですよ。だからうちも香港ラーメンとか、台湾丼とか、そういう名前にしたんです、覚えやすいから。」

 

「八龍」のような小さな町中華レストランは、東京のいたるとことに存在する。 西荻窪にも他に何軒もの町中華がある。萬福飯店や中国移民が経営する喬家栅中華21も町中華と言えるだろう。値段が安く、量が大いのは町中華屋の特徴だとも言える。寝坊した休日の日にジャージのまま一人で入ることができるし、また、友達や家族連れでビールを一杯飲みながらみんなで暖かいご飯を食べることもできる場所だ。こういう町中華屋はごく普通の存在でつい見過ごしてしまいがちだが、我々は必ず町のどこかにあるということも当然だ思っている。渡辺さんと「八龍」の物語は、ごく普通の町中華屋の過酷な労働環境を垣間見せてくれた。そして、急速に変化していく社会の中で、どう生き残っていくかという質問も投げかけている。ある日、こんな町中華が完全に町角から消え去ってしまっても、私たちは気付きもしない。だが、これが一番悲しいことなのではないだろうか。 (劉トーン、ファーラー.ジェームス、木村史子、12月20日2017年)。

Hana Nishi-Ogikubo