移民一世代のストーリーを物語る中華料理店

1980年代末頃、鄧小平の改革開放政策に伴い、たくさんの中国人学生がその刺激を受け、海外留学へと飛び出した。そんな中、バブル時代全盛の日本は最も人気がある留学先となった。勉強しながらお金を稼ぎ、そしていつしか、意図せずして日本の新華僑となった。喬家栅(ジョカサア)のオーナーの徐静中さんも、その留学の流れに乗って中国を出た人間の一人だ。徐さんは上海から東京へ来た当初、勉強しながら新宿の中華料理店でアルバイトをしていた。

「その店、あまりおいしくなかった。でも、多分ロケーションが良かったんだろうね、お客様はけっこう多かった。それで思ったの。味が良ければ、お客様がもっと来るだろうって。」

徐さんはそう言った。

「別にお金いっぱい欲しいわけでもなくて、ただ自分のために働きたくて。そこそこのお金があれば満足するよ。」

そして、十八年前の1998年、徐さんは自分のレストラン喬家栅を西荻窪に開店した。喬家栅は上海の有名な老舗レストランの名だ。

 

「初めて日本に来た時、1988年ね。中国は日本と比べられなかった。でも、今の上海を見てみてよ。全然違う。今、日本人で上海へ行く人、いっぱいいるだろう。中国人は今、みんなすごくお金持ちだよ。」

徐さんはなぜ、現在のように発展した上海へ戻らず日本に住み続けるのか。その理由を教えてくれた。

「中国がこんなにも発展するなんて思わなかった。でも、正直、今もう、中国へ戻れないと思う。中国は今、物価が高過ぎて、私、中国に戻ったら貧乏人になるしかない。家も買えないし、息子をいい学校に入れるのも無理だし、みんなお互いに競争し合うし。それに、帰ったら私はもう時代遅れで考え方も違ってきている。まあ、疲れるよ、いろいろ。今、日本での生活はいいと思う、シンプルだし、自由だし、誰とも競い合うこともなくて、いいと思う。日本は空気もいいし。」

 

喬家栅に来るほとんどのお客は日本人だそうだ。特に、西荻の住民には気に入ってもらえているそうだ。

「この店を初めて、日本人は本当にいい人が多いと思った。特に西荻の地元の人達にすごく感謝している。自分はもう西荻の一員だと思う。日本の一員だと思う。初めて店を開いたときに、たくさん応援してくれた。口コミもいっぱいしてくれて、本当に心が通じると思った。中国で同じようなお店をやったなら、絶対成功できなかったと思う、本当に。」

「もちろん、うちに来る人はだいたいみんな中国と中国人が好きだから来ると思う。そうじゃないと、中華料理なんてそもそも選ばないと思う。」

 

徐さんは、料理長と女性のホール係も雇っている。二人とも中国人だ。

「うちで働いた女の子達、みんな良かったよ。けっこう頑張る人達だった。貧乏だから働いているのかと聞いたらそうでもなかった。今、留学できる人はみんな多少お金あるって。親からお金もらってるのに自分でも働いてお金稼ぐなんて、素晴らしいと思う。」

 

徐さんの息子さんは上智大学卒業後、日本の大手企業に入社し、今もそこで働いている。徐さんは今、息子さんの奥さんとそのご両親たちと一緒に喬家栅を経営している。

「これで満足。」

徐さんが最後にこう言った、

「この店の最盛期は過ぎた。今は少しずつ衰退している。でも、全ては安定したからね。息子は卒業しているし、結婚したし、全て安定したから、それで十分だと思う。」

 

喬家栅のストーリーは、新華橋世代の中国人移民の生活を物語っている。この世代は、日本の経済停滞期も自分達の立ち位置をつくった。そして一方、母国中国の急速な経済成長期を体験することができなかった。今、中高年期に入ったこの世代の移民達は、自分たちが中国に帰国したときの生活を想像したりもするだろう。しかし、現実の生活では日本のコミュニティの一員となっているのである。(劉、ファーラー、木村、11月25日2016年)

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