西荻で出会い、タイで繋がり、西荻でお店を開く二人

西荻窪において十八年もの歴史を持つタイ料理屋「ぷあん」。「ぷあん」はタイ語で「友達」の意味を持ち、その名の通り常連をはじめ沢山のお客と地域に親しまれてきた店である。2003年十二月の創業以来、日本人の亀川淳子(かめかわ じゅんこ)さんとタイ人の広戸レノー(ひろと れのー)さんがお二人で経営されている。店では北タイ料理が中心であるが、他にもインド、ネパール、台湾、ミャンマーなど数々のアジア料理が提供され、全て二人の手で作られている。

 

長い歴史を持つぷあんだが、建物自体は六十年ほど前にできたものだそう。広戸さんが当初の内装について話をしてくれた。

「一緒に最初から二人でお店を作ったの。ちょうどここは、前は中華料理屋だったの。椅子も、これ、タイっぽく。......前はもっと中国っぽかった。......天井もタイ風。ちょっと雰囲気をタイっぽくしたいなと思って。」

聞くところによると、四十年間ほど続いた中華料理屋を経営していた日本人家族は、二階に四人で住居を構え、一階でお店を経営されていたそう。現在はその中華料理屋の娘さんがぷあんの大家になっている。二階は普段は予約席として使用されており、宴会など大人数での食事に利用することができる。現在は新型コロナウイルス拡大のため予約は受け付けてないが、二階のスペースを利用してお客がデザインしたぷあんオリジナルTシャツの販売やフリーマーケットを行なっている。

 

なぜタイ人の広戸さんが日本に来ることになったのか、その経緯をお伺いした。広戸さんが日本に来たのは、三十四年前、二十六歳の時。それまでは出身地であるタイのチェンマイでタイ料理屋を経営していたが、そこで日本人で写真家の旦那さまと出会い、日本に移り住むことになった。

 

日本に引っ越してからはまず、西荻窪にあった「遊々満月洞(ゆうゆうまんげつどう)」というレストランでアルバイトを始めたそうだ。この店は、現在「バルタザール」という自然食レストランが入っている「ほびっと村」という建物の二階にあった日本料理屋兼飲み屋であった。広戸さんは二十七歳から八年間遊々満月洞で経験を積み、そこで同じくアルバイトをしていた亀川さんと出会った。

 

亀川さんは元々兵庫県のご出身で、関東圏内を転々とした後都内に引っ越してきたという。広戸さんに出会った西荻窪の遊々満月洞になぜ勤めることになったのかを伺った。

 

「前までは吉祥寺のインド料理屋で働いていたんですけど、そのぐらいの頃から結構なんかこう、海外とか行きたいなあって思ってて。......それでヨガとかやってみたいって思ってて、それでホビット村の三階が教室やったりするスペースがあって、あそこで一回ずつワンコインていうか、ヨガをやっていて、したらなんか二階にレストランあるんだって思って。......インド料理屋をやめる時にたまたまインド料理屋にちょっとだけ、その満月洞で働いているっていう女の子がいたから、あそこ募集してるよ!とか言われて、あ、じゃあとか言って入ったから、別に思い入れとかもあまり何もなく。」

 

遊々満月洞というレストランで仕事をしていた二人だが、なぜそこからぷあんという独立したレストランをオープンすることになったのか。

 

「なんかレノーと満月洞で知り合って、タイっていう国をあまり知らなかったの。パクチーもあまり好きじゃないし。......どこにあるんだろう?とか思ってたんだけど、レノーが毎年一回、三か月間帰ってたんですよ、タイに。それで遊びにきたい人きていいよ!みたいに言われて、......行ってみよと思って高校の友達と一緒に行ったんですけど、そしたらタイにハマっちゃって、パクチーも食べれるようになったし。それで、なんかなんとなくずっと縁でレノーと仕事するようになって、で毎年結構行ってたんですよ、彼女が帰る度に。それでなんかお店やりたいねなんて言ってたんだけど、なんか彼女が妊娠したりして、満月洞もなくなっちゃって、でどうしようかと思ったんだけど、やっぱりまた戻ってきたから彼女が。で、なんか何となく西荻でやろうかみたいな。」

 

もし広戸さんが里帰りに友達を誘っていなかったら、今ぷあんは存在していないかもしれない。

 

亀川さんはタイ料理屋を始めるにあたり、一から広戸さんにタイ料理を学んだ。タイ料理の難易度について、彼女はこう話した。

 「彼女(広戸レノーさん)のは、結構家庭料理なんですよ。......彼女の独自の味付けだったり、大さじ1杯とかもないんですよ。だから季節に合わせて味変えてくるんですよ。夏だと同じものでもちょっと酸味を強くとか、冬はちょっと酸味を抑えてとか、なんかそういう感じなので、今はもう全然慣れちゃいました。むしろそっちの方がなんかやりやすいですけど、最初はね、自分の味でチェックしていかなきゃいけないから。......あといろんなタイミングとか、色々難しい。だけどやっぱり気候に合わせて変えるっていうのはすごくいいなって思ってて、入れるものを変えるんじゃなくて量を変えたり味の出方を変えたりするから、そういうのはすごくいいなと思ってる。」

 

亀川さんは広戸さんからタイ料理だけでなく、タイ語を習うこともあるという。

「元々そんなあまりタイ語喋られなかったの、本当にこんにちはとか『サワディ(タイ語でこんにちは)』とか『コップクンカー(タイ語でありがとう)』そういうのしか言えなくて、で、そういうの学ぶ意力がなかったんだけど、そういう風にやっぱりもっと会話したりして、で、あと現地の人とかも、そのうち値段交渉も仕入れるからかなりやるので。それで彼女と喋るようになって、タイ語喋ったりとか......。だから普段も、ちょいちょいタイ語を入れて、発音とか.....だから、だいたい彼女から。......向こうに行ったときもなるべくタイ語で喋るようにしてる。そうするとなんか、タイのこと知ってるんだって向こうも思ってくれたら、なんか色々交渉とかも良いじゃないですか。だから日常的なものは一応教えてもらった。」

 

日本語で会話すると意味の取り違えなどで喧嘩になることもあるため、同じ言語で話した方が仕事がしやすいと亀川さんは教えてくれた。

 

「本当にわかりにくい時は、タイ語で言ったりする。すごい発音直されるけど。」

 

十八年間もの長い間店を経営してきた二人だが、どう分業されているのかについて広戸さんにお話を聞いた。

「コックとホールは分けてないです。両方やっています。手、空いてれば、洗い物やったりとか。......アルバイトは使っています。でも今はちょっと、あんまり忙しくないから。前は忙しいときは夜はお願いしてた、昼は二人で大丈夫だから。今は、土日だけいます。」

 

アルバイトにお願いするのは外の仕事とホールの仕事。料理に関しては、自分たちで全てやると決めているので、全て二人で作っているそうだ。アルバイトの方はどんな方達なのかと伺うと、

「元の常連さんとか、自分の友達とか、常連のお客さんもいます。」

 と話してくれた。

ぷあんでは広戸さんの出身地であるチェンマイ地方の料理をメインに提供しているが、チェンマイの料理は都市部の料理とどう違うのか広戸さんに話をうかがった。

 「チェンマイ料理とバンコク料理は違う。チェンマイ料理は、ココナッツがあんまり入らない。......あとは、チェンマイはミャンマーが近くてインドも近いからそこの料理がチェンマイの料理になったりする料理もある。......スパイスは一緒だけど、ちょっとレモングラスが入る。」

 

タイ北部の代表的な料理を伺ったところ、土日限定で提供している「カオソーイ」という料理を紹介してくれた。この料理はミャンマーでもチェンマイでもラーメンとして食べるのが主流らしい。「ゲーンハンレー」という郷土料理も人気メニュー。ゲーンハンレーはチェンマイの豚カレーであり、これはもち米またはタイ米を使って食べる料理だと教えてくれた。また、「ナムプリックオン」という料理も人気メニューだそう。広戸さんによると、これは例えるならトマト煮込みのようなチェンマイ料理で、バンコクではほとんどないという。

 

ぷあんでは、タイ料理のレシピを日本人向けの味に調節することも多いと広戸さんは話す。

「タイ料理のまま100%のものは日本人は食べられないから。前のレストラン(遊々満月洞)、タイ100%のものを作ってみたけど、お客さんは残しちゃったの。だから食べやすいように変える。......調味料はそのままだけど、食べやすい、日本人が食べられる辛さにする。......辛いのは、普通はタイ人は食べられるけど日本人は食べられない。タイでは唐辛子大さじ一杯はみんな食べられるけど日本人は食べられないから、半分少なくするの。......パクチーダメな人もいるね。入れないでくださいっていう人もいる。」

 

ぷあんで提供しているのはタイのチェンマイ地方の料理のみではない。例えば、インド料理。亀川さんは、広戸さんと出会った遊々満月洞で働く前に吉祥寺のインドカレー屋で働いていた。彼女のこの経験を活かして、ぷあんではチェンマイのカレーも、インドのカレーも提供している。他には、台湾料理であるルーローハンもメニューにある。しかし、台湾で食べる本場のルーローハンは肉っぽく日本人の口には合わないと判断し、亀川さんが干し椎茸や野菜などを材料に加えたものをお店では提供している。

 

本来ならば一年に一度、広戸さんの里帰りがてら二人でタイに行って材料の仕入れ、また現地のレストランで味の勉強をするというのがぷあんの恒例行事らしい。日本だと手に入らない食材や、日本から頼むと二十倍など高い値段でしか買えない調味料もあるため、一年に一回の仕入れがとても大事だという。しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響で去年と今年は仕入れに行けていないため、亀川さんは次いつタイに行けるのかを心配している。

「二人で仕入れをしているので、なので行かないとダメなんですけど、ただ去年コロナがあったから、結局食材とかが、いつもは買ってくるんですけど、だからいろんなものが今だんだん、メニューがどんどんなくなってきている。行けないから仕入れられないんです。......食器とかも全部タイで買っているの。こういう食材とか、持ち込んでも良いお茶とかあるじゃないですか、そういうのは全部タイで。そういうのが全部買えなくなったりとか。」

 

インタビューをさせていただいた時、お店にはお客が二人いたが、どちらも広戸さんと亀川さんと一緒に遊々満月洞でアルバイトとして働いていた方であった。このように、普段からお客は友達など常連がほとんど。一方、タイ人のお客は少ないという。常連との距離はとても近く、恒例行事であるタイへの仕入れにはお客も一緒に行ったり、ぷあんで夜食事をした後、近くのバーに一緒にのみに行ったりすることも新型コロナウイルス拡大前は多かったそう。

 

店の壁沿いには、ずらりと常連たちのボトルキープが並んでいる。亀川さんによると、お客はタイ料理を食べる時、お酒を飲むことが多いそう。

「やっぱりビールが多い。タイのビールも、日本のビールも多い。焼酎はもう最近限られたお客さんだけかも。あとワインが出ます。......日本酒もたまに出して、日本酒飲む人もいる。」

タイ料理と聞くと、ビールのイメージが強いが、以外にもタイ料理とワインはとても合うと教えてくれた。

 

最近はお客への新しいアプローチとして、Twitterやインスタグラムの運営も行なっている。こういったソーシャルメディアアカウントの運営は、昔ぷあんで働いていた方が亀川さんからお休みの情報などを受け取って、代わりに投稿をしてくれているそう。つぶやきなどは特になく、臨時休業や時短営業のお知らせなどを発信し、お客に営業時間を把握してもらうのが目的だそう。実際に、新型コロナウイルスの影響で急な営業時間の変更が頻繁に起こる今、ソーシャルメディアの投稿を見て助かっていると言う常連もいて、その効果を実感しているという。

 

ぷあんが位置する通りには数々の飲食店がある。現在、商店街は廃止されてしまい、協力する機会は特にないと亀川さんは話す。しかし、個人的に交流があるお店もあるという。

「隣とか、この並びの人たちは知っています。隣のお店に飲みに行ったこともあるし、来てもらったこともあるし。色々助けてもらったりとか。古くからやっている方たちとの交流はあります。」

 

インタビュー中、広戸さんと亀川さんの掛け合いからお二人の仲の良さが強く伝わってきた。「一緒に働いてもう三十年だからね、もう家族みたいな。」と亀川さんは話す。お二人のこの絆の強さ、そして常連との結びつきがぷあんの成功に繋がったに違いない。

 

ファーラー・ジェームス、本村まりさ、木村史子 2021年7月26日

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