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仕事帰りに寄る実家 (こぎく2)

仕事帰りにちょっと一杯。うちで家族が待っていても、肴をつつきながら酒を飲む。今の若者はあまり外飲みをしなくなったようだが、これまで、そんな仕事帰りの行動パターンは日本では少なくなかっただろう。特に西荻の柳小路にあるような小さな店に寄るお客達は、飲食だけが目的ではないようだ。店の人間や常連客達との会話を楽しんでいる。

 

これまで、西荻町学では柳小路の様々なタイプの店を紹介してきた。その中で「こぎく」は、主に働く男性が仕事帰りに寄り、店主とほっとする会話ができる飲み屋である。一見昭和のような雰囲気の店だが、店主の奈美さんの話をうかがっているとお客達とのやり取りには、やはり、現代の多忙を極める男女の日々が反映されている。こぎく1の文章で紹介した奈美さんは、お客達の心理をこんな風に話してくれた。

 

「例えば、夫が仕事を終え、うちに帰る。『ただいまー、今日さあ…』と、一日の話をしようとする。しかし、妻は妻で忙しい一日を送っている。そうなると、なかなかゆっくり相手の話を聞く時間はないでしょう?ついつい、『ちょっと待って!』となってしまう。『あなたは今日いるの?ごはん?あ、いるんだったの?知らなかった。ご飯余ると嫌だからあなたの分、炊いてないの』などとなる場合もあるでしょ?」

 

「居場所がないんですよね。日本の男性の多くの人は。だけど、その前にだんなさんが奥さんの話を聞いてあげてない。あのね、それはわたし、ちゃんとストレートな会話がなってないんだなって思いますよね。それが五年、十年溜まっていくうちに、どんどん、どんどん。で、子どもが生まれたりすると、奥さんの方が強くなるわけなんですよ。で、何かのきっかけで、『あ、そうですか。じゃあわたし、この子連れて出ていきます!!』ってなっちゃう。」

「あとは、お仕事で忙しくって飲んだりする機会が多くて、『とにかくごはん作ったら無駄になっちゃうから、とりあえず、いる、っていうときだけ作って。』っていう風に言ってる家庭もあるわけですよね。そすっと、今日食べるって言いにくくなるわけですよ、だんなさんが。だからそういうこともあるかな。あとは奥さまもお仕事をしているところも多いから、ごはん作れない。もう別々に。」

「だから、『あ、おかえりなさーい。』って言ってくれるところは、こういったところしかないわけ。」

 

奈美さんが分析しているように、時間管理は夫婦問題の表面に過ぎず、より深刻な問題は夫と妻との間のコミュニケーションの欠如だ。

「こういうところでやってると、見えます。いろんな家庭が。ただね、日本人って、仕事のことは家庭に持ち込まないって思ってる男性が多いですよね。それはね、昔の習慣で、まだ女性が仕事してない家庭婦人、職業婦人って言われてた頃の話ですけど。知り合いで、八十六歳と九十一歳のご夫婦がいらっしゃって、だんな様は一切家に帰ったからは仕事のことはおっしゃらない。奥様が『あの、うちの主人は、仕事のことは一切うちに持ち込まない人だからね』『愚痴も一切言わなかったわ』って言ってらした。ということは昔はそれが…わたしも母子家庭だからお父さんのことはわからないけど、『あ、そうか。家に仕事のことを持ち込まないのはいいだんなさんなんだ。』っていう。なんか、昭和はそういうことなんでしょうね。」

 

しかし、実際のところ、たいていの夫婦はコミュニケーションがそれほど円滑に行えていないだろう。そんなとき、誰か ー それは奈美さんかもしれな ー があなたに耳を傾けてくれる場所が存在する。お客達は話したい、聞いてもらいたいと店へやって来る。

 

「あと、うちのお客さんは怒られたい人が多いですね。『ダメじゃん!!』って。本気でしかるお母さんだと思う。腹を立ててわーって言うんじゃなくって、その人のことを考えるのってお母さんしかいないじゃない。世の中で。それがもう、みんなわたしたちぐらいになると亡くなっている方も多いわけですよね。そうすっと、みんなここに来ると、なんか子どもになるのかな。『ママオムライス食べたーい』って。『またぁ?オムライスばかり食べてちゃダメでしょ。』とか、『ダメよ、あんた、痛風でしょ!』とか、『「あんた糖尿でしょ!』とか。」

「だから、痛風とか糖尿とか高血圧とか、わりあい把握しといて、その人が例えば『オムライス食べたいなー』って言ってたら、次はマンナンコンニャクとかまぜてあげたりする。だからわたしはそういうことを通じて、人間一人一人が存在していてもいいんだ、自分がここで生きていることをどこかで認識している人がいるんだ、っていうことを伝えたい。だから、ちっさな受け皿じゃないけど…。みんな人間って、どんな会社の社長さんだって孤独を抱えてる。社長さんだったらお金はあるからいいけど、社長さんじゃない人もいるわけで、そういう人が孤独を抱えたときに、やりきれなくて、やっぱり事件起こすとか、自暴自棄になって自殺したりしちゃうから。そういうことがないように、『ここでいつも覚えてるよ。あなたのことを。どこかで、元気にやってるかなーって、いつも考えてる人がここにいるよ。』っていう。安心をしてほしいって思うので。『そういや、あんたほら、この間言ってたでしょ。糖尿だからって。これだったら食べられるから食べなさい』って言われたら、それで伝わるかな、って気持ちですよね。だから実家に帰って来るっていうのはそういうことで。」

 

もちろん、「お母さん」の奈美さんは、男性だけでなく女性も大歓迎である。

「若い子なんかもそうです。不安定なときもあったりして、そゆときはここに食べに来ればいいし。ま、女の子だったらわたしの家に一時期引っ越してきてもいいんだからっていう。保険?そしたら頑張れるじゃない。若い子にはそういう感じに思ってもらってるし。」

 

「日本の今の問題っていうのは孤独ですよ。どんどん合理的になって、どんどん孤独になってしまって、それで、やーまーこれぐらいしょうがないかな。許してあげるよ…っていう気持ちが公になくなってしまった。これは、日本が崩壊に向かってるんですよ。これは日本はなくなりますよ。そう。寛容にしてはいけない感じが…。例えばね、誰か飲みに来たときに、『三千円でーす』『いや、実はお金がないんだよね』っていう人がいたとする。人によっては警察に突き出すんだけど、千円しかないんだって出したときに、その人の話を聞いたり見たりするとわかるんだけど、『この千円、わたしがもらっちゃったら、死んじゃうんじゃないかな。』って。『帰りの電車賃もないんじゃないかな。』って思っちゃうときは、『じゃあ、後日、ね、千円くらいもらったってしょうがないから、まとめて持ってきなさい』って。たぶんその人は来ません。来ませんけれども、そこで、ただで飲んでしまったことや、その千円を返したってことのわたしの気持ち?十年後とかでもわかってくれたら、死ぬまでに分かってくれたら、その人はいいと思うの。一生の中で一回でもそういうことがあったっていうの覚えていたら、その人は死ぬ前にそれがわかれば、ちょっとだけ変われるような気がする。わたしたぶんそういうことで変わってきたことがたくさんあるから、なんか親切にする人みたいんじゃなくって、わたしはもうちょっとその人たちの人生全部っていうのを考えてしまうのよね。うん、だからここで一期一会っていうけれども、もちろん一期一会なんですが、『あのばばあがいたところって西荻の…』って、店の名前忘れたっていいし、二度と来なくていいんだけど、何か心の中にこう…。これは言い方がいけないかもしれないんだけど、神様につながること?」

「別に宗教とかはやってないけど、でも日本って昔はあったけど、今はないんですよ。宗教。仏教って言ってるけどみんな知らないからね。その、目に見えない救いの場所が…。今、目に見えないとみんな信じないからね。目に見えないけど目に見える何か救いの場になれば、っていうような感じですかね。それは、お母さんですよね。自分の子どもっていうんじゃなくって、みんなのお母さん。それは町のコミュニテーの。昔は青線街に町のお母さんみたいな人がいて、あの、なんていうかな、そういうところに普通の家とかがあるんですよね。そうすると、そこで働いている女の子達がなんとなく気になって、面倒を見るお母さんみたいな人がいたんですよ。別にこの通りはそういうところじゃないんだけど、働いている人もいて男の人もいるけど、みんなお母さんが大好きだから。実際のお母さんとは仲悪かったりするけど、みんな大好きじゃない、お母さんって。だから心のお母さんは必要ですよ、世の中に。」

 

昔のアメリカのバーでは、男性の話題のメインはスポーツと女性、あとは政治だろうか。しかし、「お母さん」の前での話題はどんなものだろう。

「日本は飲み屋で、政治と、宗教と、野球の話はしてはいけない。巨人ファンと阪神ファンがいたらまずいですよね。」

まずは、バッサリ。お客達誰もが話したいことは人間関係のようだ。

「なんかやっぱり人間関係でみんな悩んでますよね。ただ、世の中が、日本の世の中が何かの魔法にかかっていて、事なかれ主義っていうのか。で、実際自分で振り返ってみると、自分もそうなってる。なんか、トラブルを回避したいみたいな。昔はそんなじゃなかったなーと。わたしも歳をとったのかなと思いますけど、世の中全体がそうなってますね。トラブルを避ける。だから自分の意見が、ま、反対だとしたら言わないでおこうという。それが『空気を読む』っていうのが流行ってからですよね。『空気なんか読むなと、空気を変えろ』とわたしは思うんですよ。ただそれを言うと責任取れないというのがあるので。」

しかし、めんどうな人間関係の話をここで話せるのは、利害関係がない安心感からなのだろうと奈美さんは言う。

「他のお店はわからないけど、うちはおじさん同士が仲良くなったり、若い子が来てたときは、若い人がおじさんと話す。『ぼくは今、会社でこんなことを悩んでるけど、相談に乗ってください』って。でまた、気のいいおっさんばっかりだから、『あんた、ちょっと聞いてやれ』と。自分が役に立ちたいって人が多いから。」

 

お客の年齢によって店へ求めるものは違うのだろうか。

「似たりよったりかな。わたしが若いときってみんな目的がばらばらだったのよ。仲良くおしゃべりしたい人もいて、わたしが作るものが食べたいっていう人もいて、つい入っちゃった、っていう人もいて、バラバラでした。今、みんななんか、わたしもそうだけど、ここに来るお客さん同士が会いたいっていうのもありますよね。みんな兄弟みたい。一見さんはあんまりいないですね。」

 

奈美さんの「お母さん」としても役割ははこぎくの中だけでなはいようだ。若い女性たちに対して、日本の料理というものを継承したいと強く思っている。例えば、ある女性達が「女子力あげたーい」と言った。その彼女達のために「料理教室」もやっていた。

「ここじゃなくって違う場所を借りて。そういうのも楽しかったですよ。お料理教えてくださいっていう結婚する前のようなこ、『女子力あげたーい』っていうOLとかっているでしょ。そういうこたちが何人かいたので、ちょっと勤労福祉会館借りてやってましたね。えっと、どのくらいかな。不定期で。お客さんで来た人が『お料理やりたーい』『わたしも女子力あげたーい』って。でもわたし、そういうのはすごく大事だと思っていて。食文化ってあるでしょ、その国で。伝えていかないと日本はなくなりますよ、いずれ。だってみんな簡単がいい。家族の顔を思い浮かべながら出汁を取るようなんてことがなくなるわけです。で、出汁を取ることは『え?そんなことやっちゃってるわけー?!』になったわけ、今。『出汁取る人は雲の上の人ね』って。『出汁ってほんだしでしょ?』って。それもいいけど、もともとはこういうものだっていうことを知ってほしい。だから、それを若いこ達に楽しいことだと。今、女子力をあげるってことがみんなテーマになっているわけだし。ほんだしでやるならだれでもできるわけじゃない。でもわたしは出汁をとってるんだって、特別なんだよ、これはって。わたしは自分で着物着れるんだよっていう女子力、みたいな。みんな覚えてほしいよって思いますよね。出汁とかえし(醤油・みりん・砂糖を合わせた調味)さえあれば本格的な和食はできてるし。高級料亭の板前と同じことやるわけですからね。食材が違うとか設備が違うとかあるけど、昔はみんな竈でやってたんだから。ね。それを思ったら同じだから、できると思ったらできるって。」

 

こぎくのメインのお客は中高年男性だが、男も女も老いも若き職種も性格も様々な客達が訪れる。小さな店でそんな多様な客達は「仲良く」飲んでいるのだろうか。

「仲良くしないとわたしに怒られます。」

ときっぱり言いきる奈美さん。奈美さん一人で料理を作りながらそこにいるお客全員と話すのは難しい。なので、お客同士で会話ができるような雰囲気づくりをしている。

「この狭いところで会話しないと不自然じゃないですか。来たらみんなに紹介します。『あ、みなさん、この人サブちゃんでーす』『サブちゃん、こっちシンちゃんと、あっちヨッちゃんで、あとよろしく』って感じで紹介しますね。『あ、シンちゃん、この人、シンちゃんの好きな電車、この人も好きなんだって』って二人の共通の話題を探したり。プライバシー、隠したいって人は言わないけど、『この人なんか、あんたの故郷とおんなじ青森だよ。ほら、故郷で話せ。ママ忙しいんだから。』って感じで。そのお客さん同士もほんとは話したいんですよ。でもきっかけがないから。「青森同士、席替え、あんたこっち」とか。きっかけができると、みんな話しますよね。だからその、ただ、それが無理をしてる人もいる。だからそれをこっちで、あ、この人とこの人、あんまりよくないなぁと思うと、次からはあんまり近づけない。」

「そういうところは見ていないようで見てるつもりですけど。それが一番難しいですよね。席順とか。だから仲悪い人同士が隣になると、楽しくないし空気も悪くなるので遠くにする。」

奈美さんは、お客達がみな、こぎくにいる時間を楽しめるよう、細かい気配りをしている。しかし、残念ながら中にはどうしてもみなが楽しめる雰囲気を壊してしまうお客もいるようだ。そのときはそのお客に対してハッキリした態度を示している。

「まあ、お母さんだから。わざと出入り禁止にすることもありますよね。お前はそれだけのことやったんだぞ、っと。いくら酔ってても。やっぱりそういうことはありましたね。その人?そうですね、今は週二回くらいは来ますね。餃子にすると毎日来たりするけど。そうなんですよね。餃子は薬って思ってますから。」

 

奈美さんのどの言葉からも、お客達に対する信念にも似た愛が伝わってくる。

 

昔は小コミュニティーの中に一人はいたいた「お母さん」的な存在の人。経験を積み、生きていく知恵があり、守っていくべき文化を大切にし、厳しく優しい「お母さん」。今はなかなか見つけられない世の中になってしまっているのかもしれない。(ファーラー・ジェームス、木村史子、2019年6月1日)