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経営の秘密は夫婦のコンビネーション・ワーク

西荻窪の料理店の特徴の一つは、小さなスペースでの夫婦による緻密なチームプレーだ。 この仕事パターンは、別々の日常を送る一般的な夫や妻の関係と違い、独特な男女の労働の役割をつくり出している。 熟練の料理の盛り付けの背後に、日常の摩擦や、時には偶然のロマンスを垣間見せる。 西荻には、このような夫婦店が数多く存在している。 その中でも最長の実行例は「ビストロさて」だ。

 

西荻駅の南口から歩いて七分ほど、西荻駅南通り(俗称:乙女通り)にあるビストロさて。今年、三十四年目を迎える小さなお店だ。オーナーで料理人の真中直樹(まなかなおき)さんと、奥さまで盛り付けとフロアを担当している真中ひかるさんの夫婦二人経営。丁寧に作り込まれた洋食とクラッシックで本格的なフランス料理をメインに供するレストランだ。店名の「さて」は「さて、何を食べようか?」の「さて」だそう。最初はフランス語の店名を考えていたそうだが、しっくりこなくて悩みに悩み、そんなあるとき「さて」という言葉がぽこっと出てきたそうだ。

店内はお客が二十人も入ればいっぱいになるが、料理人が直樹さん一人なためカウンター越しに丸見えの厨房の中は休む間のない忙しさだ。ひかるさんとアルバイトの女の子は、接客をし、盛り付けをし、料理とお酒を運ぶ。どちらかというと無口で職人肌の直樹さんと明るく社交的なひかるさん。この二人の絶妙なバランスで、お客たちは居心地のいい空間でおいしい料理とお酒の時間を楽しむことができている。

 

三十四年、こんな雰囲気で経営をしてきたのだろうか。まずは「さて」の歴史からうかがった。

「きっかけ?三十二歳のときです。きっかけはまぁ、サラリーマンをやめたときからです。サラリーマンは少し。でもいろんな仕事をしていました。」

埼玉県出身の直樹さんがどうして西荻に店を出すことにしたのか。

「まあ、なんとなく。西荻、それまで全然縁がなかったんです。なんとなく、西荻がいいかなぁって。特に、ん、これだからっていう理由はないです。そのときは今よりずっと静かだったんです。ま、静かなところでやりたかった。」

現在は飲食店が立ち並ぶ西荻駅南通り。三十四年前はどんな雰囲気だったのだろうか。

「今とは全然違います。もう、店だって全然少なかったし。で、この通りで始めたときに、かつては銀行マンが営業に来てたのね。今は、こんな小さい店なんて銀行マンは営業になんて来ないです。とにかく取引してほしいって。で、そのときに言われたのが、『この通りで五年やれたらどこいってもやれます』って。そのぐらい難しい場所でした。」

「この通りも蕎麦屋さんとか寿司さんとかあったけど、ほんと飲食店は少なかったね。今はものすごく増えたけど。古い商店街でしたね。古いね。もともとはね。八百屋さんがあったり、傘屋さんがあったり、判子屋さんがあったり。そういうのはもうぜんぜんなくなっちゃった。そこはもともと銀行だったしね。」

店のスペース自体は空っぽの状態だった。カウンターを除いて、床から天井まで内装はほとんど直樹さんが自分でやったそうだ。

「自分がやりたいだけ。どこでも学んでない(笑)。なにも。やりながら勉強。作るのに三カ月かかりました。」

当初はカウンターに座るお客が多かったそうだ。カウンターというと、どちらかというと飲んでいる、という姿を想像してしまうが…。

「もともとはそうね、飲む雰囲気で、飲む人達の方がかつては多かったですね。」

店がスタートした頃は、食べるよりも飲む方がメインのお店だったそうだ。

「その頃はみんなバーボンが多かった。だからボトルも置いてあったんです。今はボトルの人いないし。今はワインとビールですね。ほとんど。はじめた頃は、ワインは、そうですね、種類もうんと少なかったし。今は種類もたくさんあるけど」

「今はこっち(カウンター)はほとんどいない。今はそういう毎日のように来る人は…今はいないです。ある程度の期間を置いては来るけど。」

ひかるさん曰く、

「お客さんが子どもの代になっちゃったしね。自分が三十幾つのときだから。その子ども達が来てる。そのときの常連さん?まだ今でも来ている人たちもいます。だからみんな年齢は上がってきてます。転勤になってもういないとか。でもこっち来るときは寄ってくれるし。」。

 

直樹さんのとつとつとした喋りに、ひかるさんがいいタイミングで補足をしていく。インタビューはそんな風に進んでいった。

 

さてにとって最も困難だった時期は、開店後約十年目頃だ。 毎晩飲みに来ていた若い常連さんは、結婚したり、子どもができたり、西荻を離れたりした。 直樹さんは生き残るために、より洗練された料理とメニューを準備し、よりフレンチスタイルに移行しなければならなかった。

「かつての雰囲気とはやっぱり全然違う。前は会うとみんな友達になっちゃったって感じだけど、今はそこまでは。お客様同士が友達になるというのは前のようにはない。」

時代も変わったのだろうか。

 

 

飲み中心のときと今との料理の変化についてうかがった。

「ハンバーグとかロールキャベツとか、変わんないですよね。で、そうね、その頃はあんまり高額なメニューはやってなかったね。ステーキとか。」

「自分でいろいろ広げていった。最初はそんな欲張ってできなったから。一人で何でもやらなきゃいけなかったから。たぶん若かったから。」

「今は増えてますね。メインディッシュでしっかりしたものを作る。ほほ肉とかそういうものは飲み中心のときはまだやっていなかった。」

ひかるさん、

「今、人気があるのは、ほほ肉の赤ワイン煮、鴨のコンフィー、ラムなど。あと、手作りのソーセージ」。

直樹さん、

「ソーセージがね、ソーセージはそれこそ最初からずっとやっていた。一番変えてんじゃない。作り方を。」。

今は背脂をを刻んで入れたりしているが、最初はそういったこともしてなかった。最初のソーセージはそれこそ教科書通りに作っていたそうだ。しかし、ぼそぼそしていて、もうちょっとしっとりした感じを出したかったため、豚肉と牛肉の割合をいろいろと変え、工夫を重ねてきた。

「今は豚肉が八割で牛肉が二割なんだけど、その割合も六割と四割にしてみたりとか、それで味がどう変わんのかって。元来あれはハンガリー風っていうソーセージなんですけど、大元は。今は『さて風』としか言いようがない。あの、背脂も刻み方を大きくしたり小さくしたり。今はややちょっと大きめに、脂をね、刻んで。挽いたんじゃなくって、刻んでね。割合を増やし。その方がジューシーになるんで。今がわりと、これでいいかなって感じで。 」

 

直樹さんは本から料理を学ぶことがほとんどだと話したが、料理の経験は学生時代、山小屋でアルバイトしたときからはじまっている。

「包丁ばっかりですね。何か作るっていうより。主にキャベツを刻んでました。多いときは一日に十五個ぐらい刻んでました。山小屋って全部同じ食事だから、全ての人にね。何百人来ても。北アルプスの方。」

このとき、おもしろいと思ったが、特に料理に興味があったわけではなかったとのこと。しかし、その後社会人になり、仕事をしながら今後のことを考えたときに、洋食をやってみようか、と思ったそうだ。

長続きしているレストランであっても、ソーシャル・メディアにによる顧客のフィードバックが重要になってくる時代である。

「フェースブック…じゃないなぁ、こういった媒体が始まった、個人的な評価がいろいろ出てくるような。それに『ハンバーグ、おいしいけど小さい』っていくつか書かれてて。それはすっごく気になって、かなりおっきくしました。それだけでずいぶん評価、下がっちゃうんだなーって。おいしいだけじゃなくって。」

ひかるさん曰く、

「サラダの盛り合わせもものすごくシンプルだったから。そうね、野菜もものすごく増やして。 盛り付けを任せてもらえたので、それでずいぶん変わってきたっていうのもあります。」。

今のさての料理の皿には、メインディッシュと共に色とりどりの野菜がたっぷりと盛られている。これが「特徴」といってもいいくらいだ。ここにひかるさんのセンスが光っている。

 

ひかるさんはレストランの三十周年を祝う小冊子や、インスタグラム、ホームページの全ての写真を撮り、宣伝担当といった役割もこなしている。

 

以前は近所のバー的レストラン。今では食事を楽しむレストランという位置付け。二人はかわるがわる常連客について話してくれた。

「そうですね。カップルが多いですね。特に週末なんかは。ランチは女性が圧倒的に多い。主婦かな…。夜はカップル。あとは家族連れ。今はけっこう、スペシャルな、誕生日とか結婚記念日とかそういうので夜は来る人が多いですね。 」直樹さん。

「はじめてデートで入って、一年後に彼女の誕生日だからとか。ここで婚姻届け書いた人もいたね。二十年くらい、その結婚記念日に来続けてる人もいますよ。最初は子どももいなくて。でも、もう子どもが高校生くらいになってる。二十年くらい。その頃はそばに住んでたけど、今は目黒かなんか。」ひかるさん。

「必ず来てくれるんですよ。そういう、決まった日に来る人が多いですね。」直樹さん。

「夜はプロポーズとかね。」ひかるさん。

「そういう雰囲気があるのかな。」直樹さん。

「普通の日も来てほしいんだけど。『あの日』に来るっていうか。」ひかるさん。

「あんまり特別なところにしてほしくないんだけどね(笑)。」直樹さん。

「婚姻届けの一組は、サインしてくれって。保証人の欄に。」ひかるさん。

「長くやってるとね、そういうことがね。」直樹さん。

 

料理はもちろん、この夫婦二人がいるからこそ来ているお客たちもいるのではないだろうか。

 

どこまでも料理をつきつめる夫と、夫の料理を美しく盛り付け、店を居心地よくする妻。二人はここ、「さて」で出会ったそうだ。ひかるさんはもともとさてのお客で、その後アルバイトとして働き、そして結婚した。今年で結婚二十年になるそうだ。

 

日本では、一般的なサラリーマンは、昼間は夫婦別々で働き、帰宅してから次の朝までしか一緒にいない。しかし、さてやその他夫婦経営の飲食店は、それこそずっと夫婦で一緒にいる。その点についてうかがってみると、ひかるさんがこう話してくれた。

「厳しいから。厳しいのは大変ですよ。店に入ったら別人格になるから。仕事が終われば全然もう大丈夫。やっぱ仕事だから。要するに迷惑かけちゃいけないし、これはダメってのがあるから厳しいですよ。料理に関してもなんでも。きれいに洗うことに関しても、扱いに関しても。」

仕事中は夫婦だからというなあなあはなく、夫婦だからこそ仕事人としてきっちり働いている様子がうかがえる。

 

インタビューを終え、店の外に見送りに出てきてくれたひかるさんが、こう話してくれた。

「直樹さんは厳しい人です。とても厳しいです。そうでなかったら、三十年以上も続けられなかったでしょうね。日本語教師もしていたからですかねぇ。職人ですね。」

 

 

西荻の人たちは、いい料理を追求し続ける直樹さんの職人気質と彼が作る料理、店の佇まい、そして、ひかるさんの人柄が醸し出す店の雰囲気に惹かれるのだろう。これらすべては夫婦のチームプレーによるもである。(ファーラー、木村、9月5日2017年)。