板場はおいしい寿司とお客のハートを握る舞台

寿司屋は単なる料理店の一つに過ぎない。しかし、日本を代表する食文化の舞台でもある。今、西荻の新しい寿司屋というステージで、新しいパフォーマンスがはじまった。劇場はすし大泉。劇場のオーナーでありパフォーマーは、花板の大泉法幸(おおいずみ ひろゆき)さん。劇場内でお客を取り仕切るのは、ホール担当大泉峰子(おおいずみ みねこ)さん、法幸さんの奥様だ。 そして、一度の公演につき観客は八人限りである。

 

コロナウイルスの発生と感染拡大は誰も予測できなかったことだ。しかし、予測できたとしても、西荻は超寿司激戦区。観客の取り合いは必至の非常に厳しい市場だといえよう。そう、食の町、西荻には寿司屋が多い。ネットで検索しただけでも、予算二千円前後の日常的な寿司屋、テイクアウト専門の寿司屋、そして、一人前の予算は二万円以上の高級な寿司屋まで、ざっと十五軒以上の寿司屋が表示される。

 

寿司業界全体は回転ずしの普及により、市場規模は拡大してきた。一方、「厚生労働省 寿司店の実態と経営改善方策」 によると、個人経営の寿司店は、平成二十一年と平成二十六年を比べると22%減少(法人は7.1%減)となっている。寿司は食材コストが売り上げ原価の四~五割を占めるともいわれる。また、今後、漁獲量の減少による原材料の高騰が予測される業界でもある。

しかし、家庭における年間の寿司への支出は「厚生労働省 寿司店の実態と経営改善方策」 によると、平成十七年から平成二十八年にかけて一万四千円から一万五千円の間を上下し、一般外食費の一割程度で、そこより大きく落ち込むこともなければ大きく伸びることもなく推移している。日本人にとって寿司というのはハレの日の食事であるが、日常のものであるのだ。

とはいえ、小さな町西荻。人口比に対して寿司屋の件数は多い。そんな西荻にオープンしたすし大泉。常連客だけのプレオープンを終えた、グランドオープン前のお店におじゃました。

 

店は神明通りにあるビルの一階。大きな扉を開けると、店の真ん中にコの字型のカウンターがあるだけで、他にテーブルはない。

「あえてコの字にこだわって。こうだと三人とか四人でお話できるじゃないですか。L字だとこっちが三人で四人でってなると話しづらいので、こっちも四人で角が二つとれたほうがいいので、こだわって。人は使わないで、一人でやるって決めてますからね。結局、なんでしょうね。自分のテイストって私しか出せないし、ゆっくりやりたいなぁってうのと。あとはワイフとやるっていうのは決めてましたし。」

落語を聞いているようなついつい引き込まれてしまう話しっぷりで、店のことを語り始めた法幸さん。店のコンセプトは「大泉劇場」だそうだ。

「扉も引き戸…あのガラガラガラっていうのをちょっと、扉を開けた時に私が正面に来たほうがいいっていうんで。左とか右でってなると、私は横からお客様を迎えることになるし。それはちょっと私の中ではできないなって。で、あとはここで食べに来た方が、こちら方が『あ、これおいしいねー』ってなったときに、こちらの方が『え、なんですかそれ?』「『ああ、鯛なんです』ってなる。お寿司のカウンターってある意味町のコミュニティの場であって、カウンターでお客様同士がコミュニケーションとれる。それが狙いなんですね。プレオープンでやりましたけど、やっぱりこちらの方とかこちらの方で会話がつながるんですよ。」

そして、お客同士の会話がもりあがると法幸さんはその隙に「後ろにさっと下がって茶わん蒸しを持ってきて、出す」そうだ。

「会話がそのままつながるんですよ。ほんとは板前がここを留守にしちゃうっていけないんですけど一人ですからそれはもうやむを得ない。その間お客様同士で『こういうお仕事してます』とかいろんなお話して、『お住まいどこです?』ってなったら『宮前です』『松庵です』『あ、近いですね』ってそういうコミュニケーションが取れるっていうのがいいなぁって思って。だまって黙々と、こう、黙って握るっていうお寿司ではないです。常に笑いと、がテーマです。」

 

法幸さんが自ら店の店主となるのは今回が初めてだ。それまでの三十三年間は杉並、新宿、世田谷、銀座などの寿司店で働いてきた。外国人からすると一流の寿司職人になるには厳しい修業がつきもののように感じるが、どのように寿司職人としての技術を学んできたのかをうかがった。

「今は、一から十までちゃんと手取り足取り教えます。わたしのときは見て盗め。で、一回見てこれはこうやってやるってなったときに、メモ用紙やノートに書けないんです。頭で覚えるんです。で、二回まで教えてもらえる。三回目はない。一回目教えてもらって、『すみません、それ忘れました』ってもう一回聞きますよね。三回目は絶対にない。だから頭の中に叩き込む。で、仕事終わりました、裏に下がりました、途端にポケットからメモ用紙出して書く。『なにやってんだ?』って言われると『いや、書いてません』って。書かないと忘れちゃいます。それを帰ってから寮で予習復習して、で、覚えるわけです。で、頭に叩き込んじゃう。メモにしてお覚えると、結局何かあったとき板場の、この檜の舞台に、このステージに立った時に、お客様が「鮪、こはだ握って」ってなったときに覚えられないんです。メモして覚えるっていうのをやって覚えちゃうと。一回一回お客様が『鮪ください』『はい』『はい』ってこうメモしてるといやらしいんですよ。いちいちつける人はプロではないです。チェックミスはいけないんですけど、お客さんが、『あ、この人しっかりつけてしっかり伝票つける人だー』となったときに、そこで素に戻る。そう、冷めちゃうわけなんですよ。」

この店の中で、大泉劇場の中ではエンターテイメントな空気にたっぷりつかってもらいたい、という法幸さんの細やかなおもてなしの心だ。

「ここにネタケースがあります。魚があります、『お客様なんになさいますか?』、ってなったときにお客様の目がそこで止まるんですよ。『あ、ヒラメですか!』『なんでわかったの?』って。そういうのも楽しみだし。ここで話題が『わっ』てなったときも楽しいし、他の方も楽しいし。」

 

骨の髄まで寿司職人の法幸さん、どうして寿司職人になろうと思ったのだろうか。

「最初は、えー、和菓子、洋菓子、やっぱりあれですよ、チョコレートだとか食べれるケーキの家だとか。当時甘いものが好きでしたから、お菓子の学校に入ろうと思ったんですけども、そこのスクールは高いんです。私、四人兄弟で三番目です。でも高校には行かないと決めてたし。学校の担任の先生が同級生で寿司屋がいると。じゃ、寿司屋を見に行くか、と言ったので見に行ったんです。そしたらこう、長い包丁持ってね、魚切って、そりゃあもうかっこいいんですよ。私も当時お寿司って言ったら、普通に家で鮭とかおかかで握るような感じでお寿司はできると思ってたんですよ。」

そして、先生が紹介してくれた寿司屋に弟子入りしてみた法幸さん。

「とんでもない。まずは掃除掃除掃除…。で、お店のセッティング、箸、小皿。魚なんて触らせてくんない。あとお客様にお絞り出す、お茶を出す。そこからスタート、ってなったときに、え、こんなはずじゃない。」

「でもそのときに、階段を一段、二段、順々に上っていくのを聞いて、で、やっぱり、そういうふうに。じゃあ、私は和菓子洋菓子は諦めますって先生に言って。」

 

「手に職をつけたかったんで。で、やっぱり作るのが好きだったんで。だからもう、鉛筆もって宿題やったりとかが苦手だったので、自分は手に職で働くってもう決めてた。でも、社会人になっていっぱい勉強しなきゃいけないっていうのに気が付きましたけど。でも、それでも遅くなかったし。お寿司の世界に入りました。するとどんどんどんどん、こう追及してもっと自分はこうやりたい、こうやりたいというのではまっていったんです。」

厳しい寿司職人の世界に飛び込んだ法幸さんは表面的なサービスではなく、お客が心から心地よいと思うサービスをし、親方や先輩に認められていった。例えば…

「こっちでお客様、例えば湯飲みでこっちから見たら見えないっていうときに、私たちはどこを見るかっていうと、飲んだ時に入っているとこう湯飲みの角度が低いですよね。これで入ってないとどんどん角度が上がってきます。その角度を見て、『上がりお持ちします。』『おお、君気が利くねー。』ってゆうところから、親方とか先輩とかから評価されて、『今日、海老の皮むきやってみるか?』とかね。そういうのがあって今があるんですけどね。」

 

お客の心をつかみ、それによって親方たちの心をつかみ、腕を磨いていった法幸さんの寿司。その提供の基本は「おまかせ」である。

「いらっしゃいませ、で入ってきたときに、私がそのお客様の顔を見て、周波数を先にキャッチしないといけないんです。お客様がキャッチする前に私がキャッチしないと、おまかせでとれないんですよ。私が板場に入ったときに、赤身とイカ握ってって自分でチョイスする分にはオッケーなんです。でも、お寿司の究極はおまかせですよ。だからここに、ハートに火が付くわけですよ。で、そうしたら何から出すかっていうコーディネートを全部しなきゃいけないんですよ。で、こっちに二人、二人、二人、二人、って四組入ったときに、ジャズ、クラッシック、演歌、フォーク、ここで私が指揮る(仕切る)んですよ(笑)。この人に鮪切ったら、鮪、鮪、鮪ってなって、ヒラメ切ったら、ヒラメ、ヒラメ、ヒラメってなったら、全部テイストを変えてあげる。」

では、コディネートするためにお客の好みをどうキャッチしているのか。

「まず、好みを聞きます。きらいなもの、NGなもの、あと一番怖いのがアレルギー。海老だとか、光り物だとか、そいうのでアレルギーがないかを聞いて。今日はさっぱりしたものでいくか、ちょっとこってりしたのがいいか。あ、今日けっこうがっつり重たいの食べたいなーってなったら、あん肝とか白子とか。最初っから大トロとか基本切らないんですけど、だからこう、そういう方にはヒラメ切らずに鰤を切るだとか。今日はさっぱりしたのがいいなーっていうのだったら、ポン酢で食べるものを出す。あとはお塩と酢橘(すだち)のものを出したりとか。」

「そういうものも、自分の中でイメージしちゃうんです。そこで全部私が仕切らずにお客さんが、あ、ここで蛸食べたいなーってなったら蛸も切るし、全部おまかせのコースっていうか、基本おまかせでってもらったら、ちょいちょい私は聞くんです。帰ったときに、『お寿司の時にイクラ食べたかった~』ってなったら残念じゃないですか。だからお寿司ってなったら、最初、今日絶対食べてほしいおすすめの五貫を握ります。じゃあ、あと、どういったのが召し上がりたいですか?って聞いて、お客様にもチョイスを与える。『あそこは全部決まったものが一から十まで出てきて、自分が食べたいの食べれなかった』ではやっぱ残念ですから。そういうのも常にこう、お客様と話をして。やっぱりお互い納得したものを出して。」

「トータルチェックしたときに、『あ、ここ、高い』って言われたら私の負けなんです。安いって言い方じゃないんです。『あ、おいしかった。また来るね。』って言われたら私の勝ちっていうジャッジをしてるんですけど。」

なるほど。「おまかせ」とはお客との絶妙なコミュニケーションの形のようだ。

 

しかし私たちお客にとって「いくらになるかわからないおまかせ」はちょっと怖い…と思ってしまうのだが…。そこのところうかがってみたところ、峰子さんがこうこたえてくれた。

「まず予算をうかがって、何を入れてくださいっていうのも予約の段階で、召し上がる前に全然言ってくれればそれに合わした感じ。ドリンクはもちろん別でっていう感じで。」

法幸さんがこう続ける。

「ドリンクが込みになっちゃうと私が計算できないんですよ。ビールを二本飲んで、日本酒四合瓶を二本三本…となっちゃうと想定外になっちゃってお金が膨らんじゃうので。なので食べ物はわたし、ドリンクはお客様がちゃんとって。いちおうドリンクメニューは出します、っていうスタイルをとってます。」

では、予算を伝えると、それによって出されるものはほぼ決まるのか?

「わたしはコースって言葉を使いたくなくて、『おまかせ七千円』とか『おまかせ八千円』とかで。必ず、アペタイザーでお刺身が出てきて、焼き魚出て、あとは茶わん蒸しが出て、あとはお寿司が、って決まっちゃう、そういうセオリーはいらなくって。で、茶わん蒸しが、例えば食べたくなくても出てきたら食べなくちゃいけないってなるから、『お客様、茶わん蒸しは召し上がりますか?』『茶わん蒸しはおなか一杯になっちゃうからいらない』ってなったらチェンジして、その方には最後に味噌汁出すとか。他の方には茶わん蒸し出すとか、臨機応変に。」

 

お客様を見ながら料理を出す。それはお客様の地位によって出すものを変えることではない。法幸さんは銀座の店時代のことを話してくれた。

「銀座の一丁目でしたので、来てるお客様はそれだけやっぱり、こう、なんていうかなぁ。若い方もいれば会社の社長さんもいて、社長さんだとか芸能人の方もいて、いろんな方いましたけど、どなたでも私のお相手するスタイルは一緒です。お客さんがいて、この人が社長さん、社会人一年生二年生ってなったときに、差をつける板前さんいっぱいいるんですよ。社長さんだったらいっぱい食べてください、って、お客様から見てもわかるし。お客様は私から見たらみんな一緒です。私はそういう考え方だし、そういうスタイルです。切った中トロが明らかにあちらのほうが脂がのってるっていったら嫌でしょう。でも、一番困るのがパーツとしてのヒラメのえんがわね。一匹のヒラメで、例えば八貫とかしか取れない部位があって、貴重な部位の場合は、それはどこで出すかっていうのは、やっぱり、ある程度通っている方にはお寿司の時にはそこを出す。初めての方には申し訳ないけどそこの部分は出せないっていう、そこのさじ加減はするくらいで。」

「やっぱりおいしいって言わせてなんぼだし。あとやっぱり、究極は自分が作った料理をおいしいって言わせるっていうので私はアドレナリンがいっぱい出るんですよ。」

だそうだ。

 

おいしい寿司を握るためにはもちろんおいしい魚が必須だ。魚の仕入れもちろん豊洲の市場だ。

「ただ、築地よりも遠くなったので、時間がちょっと押しちゃうんで、ちょっとランチの時間がむつかしいかなーって思うんですけど。今までだったら一時間で来るんですけど、二車線できるんですけど今まだ一車線しか…。私たちが手で持てないのをトラックの運送屋さんに持っていく。時間になったら運送屋さんが出て、配達してくれる。そこに九時までに持って行かないと間に合わないんですけど、あまり早くてもその日の魚じゃなくて昨日の魚なんですよ。ですので、だいたいベストが九時ぐらい。それだとこの辺じゃ十時半から十一時くらいになっちゃう。」

「今日仕入れて、今日、明日使います。三日目は使わない。とゆう魚の仕入れをすれば、あの、ま、ランチもできないことはないので、そこはまぁ、おいおい考えていくんですけど。やっぱりお客さんにとっては魚がフレッシュなほうがいい。」

フレッシュな魚。肉は「エイジング」などもするが、魚の場合やはりどれもフレッシュがベストなのかも聞いてみた。

「二日目、三日目がおいしいお魚もあるっていうのもお伝えして、そういうのも、皆さん知らないですから。もう、身がコリコリしてそういうのがフレッシュだと思ってるんですが、寝かせる方法でっていうのも教えて…熟成っていうのが…チーズみたいな…エイジングツナだとか。これもエイジングです。鮪はフレッシュだと…これは仕入れて、全然フレッシュです。おろしてすぐだとこれはね、うすぼったい曇ったような色で、切ってからしばらくすると酸化して色がクリアになる。あとはラップで包んでやれば全然問題ない。」

法幸さんは我々に色鮮やかな鮪を切ってくれながらこう続ける。

「これは三日目。鮪はこのくらいまで一週間。市場に出てくるまでは氷の中でずっと一週間くらい入っています。それを、刀ですよ、こんな侍の。で、鮪屋さんがさばくんですよ。これが一匹の鮪だったら六等分します。まっすぐ切って一、二、…大トロの一番、で、しっぽのほうの背中、ってなったときに値段が違います。一番高いのはここです。大トロ。値段、クレイジーだ、私には買えないってなったときに、ここの背中を買って、で、オープンしたらここら辺(大トロの部分)を買う。毎回ここくださいじゃダメなんですよ。今回ここ買ったら次こことか、こっち…、っていうふうに、私はおなか、背中、おなか、背中って。ここだけほしいっていうと市場の人が売ってくれないんですよ。銀座の店とか高く買ってくれるところにいっちゃう。」

豊洲で魚を買う店はだいたい決まっている。全て築地からの付き合いだ。

「私が築地に行っていたのが二十代。今四十八ですけど、あの、最初の十六で、入って十五、十六のころにも行ってましたけど何があるかわかんなくって、荷物持ちですよ。で、行きなれてくると、この鯖がどこで獲れた?と必ず産地を。そのときはメモしてオッケーなんですけど。で、どういう魚がいいかってなったときに、魚を、例えば市場で親方がお金払っているときに、わたしが鯖だとか鯵を、『これ、どこでも見ればいいんですか?』と市場の人が『魚をこうやってこうやって照らすだろ、するとここおなかんところがシルバーじゃないですか、ゴールドに見える。これはベリーファーティーだ。これは脂がのっている証拠。シルバーはノーグッド』って教えてくれた。あとは、目がクリアなやつ。クリアじゃないやつとクリアなのがあって、こっちが千円、こっちが二千円ってなったときに、どっち買う?千円でクリアなこっち買う。でも、知らない人や勉強していない人は、二千円のこっち(目がクリアじゃないほう)を買うんです。値段で買っちゃうんです。でも、目が白い…イコール鮮度が落ちている。それが見れるのが目利きで、それが見れないと市場に行っても面白くない。」

市場は魚を買うだけではなく、寿司職人の学びの場でもあるのだ。もちろん、商売の場なので駆け引きの場でもある。

「契約している店があってそこでいつも鯵買うんだけど、歩きながらいろんな魚をチェックしていく。だから、もうまっすぐ歩いてない。あっちこっち見て、そこでいつもより安くていいのがあったら、そこでピックアップしてそこで買います。で、いつものところで『あれ?今日鯵買わないの?』ってなったら『いやー、別ンところで安いの買っちゃったんだ』って。『しょうがねーなー』って。」

「で、市場に行ったらいろんな人といろんな話をするし、そこで『これいくら?』『これ五千円?』『えー?』『四千八百円』『もう一声』『四千五百円』で、この間四千円にまけてもらった。それもテクニックです。だから、そこでその、駆け引きです。東京の人って大阪とか関西の人と比べると、関西の人は必ずまけてって言うんですけど、でも、東京の人は言わない。でもだめです。もっとディスカウント、じゃあいらない、って買うようにしないとおもしろくない。それがないと豊洲に行く意味がない。私は必ずまけさせます。」

 

市場は社交の場所でもある。その点、豊洲市場と築地市場の違いもうかがってみた。

「今築地で残っているのは場外。私たちが買うのは場内。で、昔は中では一般ピープルは買わなかった。あるときから観光の人を入れたらわーってとられちゃった。私達は専門の食べるところがあったんです。お寿司屋さんが行くお寿司屋さんとか。そこもいっぱいで入れなくなっちゃったんですよ。食べれない。そうなるとお蕎麦。おもしろくないですよ。私達のご褒美で一番は市場でお寿司を食べる。と、お寿司屋さんの中央線のお寿司屋さん、山手線、京王線、小田急線のいろんなお寿司屋さんのトップが来てる。そういう方に板前さんが、どこどこのすし屋の板前だよって紹介する。『あ、大泉です』あいさつして。で、市場歩いてると『おお!元気か?』って声かけられるの。そこで意見の交換ができたんだけど、そのコミュニティの場がとられちゃったから、全然今そういう話ができないからおもしろくない。豊洲も全然ない。私たちは市場に行って食べる場所がレストランっていうかラーメン、とんかつ、寿司、サンドイッチ、あとはいろいろあったんですけど、そこも全部観光客の人たちばかりで私たち食べるところがない。豊洲の駅降りてコンビニ、ラーメン、私たちが行って一番ベストな六時七時、豊洲にチェックインして。チェックアウトが八、九、やっぱ十時くらいかな。で見て、いろいろこれがいいって買って、十時だとどこもやってないんですよ。吉野家だとかチェーンとかしか。市場に買い物行って吉野家の牛丼とか食べたくないですよ。それが一番問題ね。それがつまらない。私たちもやっぱり食べるのが好きだし。」

昔は市場で同業者同士の情報交換を行っていたが、築地も観光地化してから、そして豊洲になるとよりコミュニケーションがしにくくなってしまったようだ。効率的な作りになっているようでいて、実はそうではないのではないかと感じた。この後、我々が豊洲を見学に行った際にお会いした元銀座の寿司屋の店主も同じことを言っていた。

 

最後に、寿司屋激戦区の西荻に個人店を出したことについて、そして期待するお客についてうかがった。

「狭い地域の割には多いですよね。日本の経済が消費税十パーセントってなったときに、日本人ってそこからどうなるかっていうと財布のひもをぐっと締めちゃうんですよ。そうしたら、回っているところが流行るっていうのはいつの時代でも一緒です。でも、ある程度落ち着いて、東京オリンピックで日本が海外ゲストでどのくらい景気良くなるかで、回ってるところよりもこういうところがガンって人気が出ます。で、回ってるところはどんどんクローズしていっちゃう。これは景気に常に伴っている。西荻は狭いところに増えてます。でも、吉祥寺は家賃が高いし、ヤングマンです。ヤングマンは相手にしたくない。荻窪は西荻よりちょっと地味だし。私は西荻でっていうのがあるし。」

西荻は企業の重役やお金持ちが多い街のイメージがあるが、法幸さんのターゲットは、法幸さんが修行していた店に食べに来ていたお客の子ども世代だそうだ。

「その子どもたちが三十半ば。三十半ばである程度ギャラがアップしてちょっとボーナスいっぱいもらえるようになりました。その方たちがターゲット。だってその子たちが小学校中学校から見てきてるんですよ。その子たちが成り上がってステップアップしていって、そういう子たちが結婚して子どももいる。その子たちからしたら私が子どもの時からやっててお相手してるの覚えてるから逆に来やすい。寿司のカウンター来て、カウンターでマンガ読んでて、『なんにしますか?』っていうと、『海老』『卵』って。で、マミーとかは何にも言わない。その子ワサビ抜きです。私わざとワサビ入れました。『わー、ワサビ入ってるー!』『え、あーごめんねー』って。そういうこともやったの。お寿司屋さんのカウンターは本を読むところじゃないんです。お寿司のカウンターはせめてお寿司を食べて、「ご馳走様」それからでしたらいいんです。あと、ゲーム出した子。ゲームは絶対やらせません。ゲームをやるんだったら帰ってください。そのワサビ入れて泣かした子、今何やってるか。学校のティーチャー。ガールフレンドできて電話きました。私が銀座いるときに。『行ってもいいですか?』ウエルカム。ああ、立派になって…。そういう子もオープンしたら行きたいですって言ってくれたし。『もう、ひどかったんだから~。ワサビ入れて泣かしたんだから~』って話すとガールフレンドも面白いわけですよね。もちろん地元の方もだし、中央線の方も京王線の方も、都心からの方は一か月一遍と言わなくても三か月に一遍、半年に一遍来てくれればいい話で。でもおいしいものって言ったときに、東京駅から西荻って三十分くらいでしょ。荻窪から丸の内線でしょ。東西線、井の頭線。そんなにね、おいしいもの食べるって言ったらみなさん足を運んでくださるんですよ。一年に一遍くらいは来てくれて、あとは地元の新しいお客様を私がいかにキャッチするか。やっぱりそこはお寿司も握ってお客さまのハートを握る。これができなかったらできません。」

長年の夢だった夫婦の店を、寿司激戦区でスタートさせる意気込みが伝わってくる。

 

今、コロナウィルス騒ぎで人々は家の中にこもりがちになってしまっている。もしかしたら、大泉劇場にとって最初の試練のときとなるかもしれない。いや、今は日本の飲食業界全体の大きな試練のときかもしれな。そして、東京オリンピック開催にも不穏な空気が漂い始めている。飲食業界の今後、そして日本人にとって日常にあるハレの食べ物である寿司業界の今後が気になるところだ。(ファーラー・ジェームス、木村史子、3月22日2020年)

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