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家族全員で作った「いいところ」 

西荻窪の駅の周りには小さな飲み屋がたくさん集まっている。チェーン系の居酒屋が増えている今の東京の状況から考えると、西荻の個人店はまだまだ多い。この小さなお店らで賑やかに飲んでいるお客達が西荻を活気づけている。駅周囲の飲み屋街を離れると町の雰囲気はガラリと変わり、静かな住宅街となる。その飲み屋街と住宅街の境界線に近いところに、淡い紫と緑のストライプの外壁がかわいらしい小さな店がある。ちょっと見には、カフェかスイーツ専門店だ。外から店を眺めているとスタッフがニッコリ笑って出てきて、お店のメニューを渡してくれた。あ、やっぱり居酒屋だった。

 

「いいとこ」は、五年前にオープンした家族経営の居酒屋だ。店主は後藤夏(ごとうなつ)さん。通称なっちゃん。彼女が料理をし、お父さまの和夫さんとお母さま、妹さんらが彼女をサポートする。みなが一緒に働いているときの「いいとこ」は、本当に家族の台所のようだ。店のコンセプトは「ちっちゃなお店で基本の家庭料理を出す」というものだ。

 

なっちゃんは言う。

「定食屋さんっていうか、ちっちゃいおばちゃんがやってそうなちっちゃいレストラン、ちっちゃいダイナー、みたいな。海外映画に出てくるようなちっちゃい片田舎のレストランみたいなのをやりたかったんで。」

 

メニューを開くと、六ページびっしりのディッシュリストが。これら全て、なっちゃんが独自で作り上げたオリジナルメニューだ。彼女は普段からお酒を飲むのが好だ。常日頃からお酒と自分で作ったつまみを楽しんでいたら次々のアイディアがひらめいたという。

「家で自分の酒のつまみを作っていたら色々レシピが増えてきて。なんか負けず嫌いというか。他では食べられない物を出したいなと思っているんで。」

と、なっちゃん。

 

たくさんのオリジナルメニューを作ることは簡単なことではない。食材や季節、お酒との相性、お客のことを考え、様々な工夫している。

「めっちゃ考えます。野菜好きなんですけど、八百屋さんに行って、『あ、とうもろこしが大量に安く売っている。じゃあ、とうもろこしをどうしてみようかな』って思って、揚げてみたり、炒めてみたり、茹でてみたりっていうのは頭でシミュレーションして、やってみて美味しかったやつを出すっていう。例えば、ピザ春巻きは、ここはオーブンがないんですよ。でも居酒屋やりたいんで、居酒屋っていうとピザとか食べたい人とかいるかなって思ったんですけど。オーブンがないからピザ焼けないから、でも揚げ物はできるんで、じゃあ揚げたピザを作ってみようと思って揚げ春巻きにしてみたとか。」

と、なっちゃん。

 

「いいとこ」のメニューを一目見れば、なっちゃんの料理に対する工夫や努力がすぐにわかる。他の居酒屋では見たことのないメニューが何とたくさん並んでいることか。ナスとベーコンモッツアレラチーズ、バジルクリームうどん、ゴーヤの唐揚げみたらし味、豚とキクラゲの卵炒め…などなど。これらはすべて、なっちゃんがお客のことを想い、仕事に合間に丁寧に工夫しているメニューだ。お店の代表的メニューはハンバーグ。こぶし大のゴロッとしたハンバーグはとてもジューシで、切ったら肉汁があふれ、キラキラとお皿の上で光る。中に入っているチーズは肉汁とからみあい、抜群の相性だ。

「ハンバーグは家で自分のお酒のつまみで作っていたやつです。酒に合うおつまみ、白いご飯と酒に合うおつまみをやっているんですけど、ジャンルにこだわらない、なんでもやりたいなと思っています。」

と、なっちゃん。

 

客の好みはもちろんいろいろ。なので、メニューもジャンルにこだわらず、バラエティーに富む。お店を手伝うお父さま、和夫さんがお料理のことを説明してくれた。

「お酒も、日本酒、ビール、ウィスキー、焼酎、ワイン。だから、お酒の幅もいっぱいあるでしょ。メニューも豊富じゃないですか。それで何料理っていうアレじゃないからね。だから自分の好きなお酒と自分の好きなディッシュ、おかずを選んで。多分全部が家庭料理っぽいですね。メニューは洋、中、タイ、まぁちょっとヨーロッパ風のアヒージョとかもありますよね。パスタもあるけど、焼きそばもあればうどんもある。こう、いわゆるレストランっぽい、どこのレストランでもあるようなメニューは案外ないです。なっちゃんはお料理が得意だし、オリジナルなお料理をいっぱい出したいというコンセプト。」

 

お酒を飲めないお客や子供のことも考え、なっちゃんの料理はご飯にも合うように作られている。

 

なっちゃんの料理が盛られているお皿も、他のお店では見たことのないような個性的なものばかりだ。ボトル形の皿、細かく鱗がついた魚形の皿。皿の多くは、なっちゃんのお母さまが作ったものだ。

「妻はお皿とか、そういう陶芸をやっていたので。だからここのは、けっこう妻が作ったり。趣味があって、娘がお店をやりたいと言って。じゃあ、私のお皿、オリジナルのをって。」

と、和夫さん。

「なんか私が、『こういう形のお皿が欲しい』とか言ったのを作ってもらったりして。」

と、なっちゃん。

 

お皿だけではなく、お店の外装と内装も全て、なっちゃんがお母さまと一緒に考えたものだ。壁紙も淡い色が好きだというなっちゃんの好みに合わせ、お母さまが色々とアレンジを加えた。

「店内は割と母と私なんですけど、カタログ見ながら『壁紙はこれにしよう』とか。でも母のアイディアが多いですかね、なんか二色にしようとか。私が淡い色が好きなんですけど、淡い色で全体を統一させたいって話から、お母さんが、『これはどう、あれはどう』って持ってきてくれて。ソファーとかは色んなネットでめちゃめちゃ探して。」

と、なっちゃん。

 

「まぁ、元々はなっちゃんがこういうお店をやりたいというのでスタートして。だから妻と三女が協力して。お店を借りることとかデザインとか、外のデザイン、中とか全部は次女と三女と妻、その三人が相談して、家具、机とか椅子とかソファとかをみんなで買いに行って。三女がちょっとデザインとかが好きだから色々デザインなどをしてメニューを書いたり、『いいとこ』のロゴとかをやったり。」

と、和夫さん。

 

居酒屋を開くことは、なっちゃんの小さい頃からの夢だった。高校も料理の専門コースがあるところに進学し、料理の基礎を勉強した。卒業後は居酒屋やタイ料理屋、地中海料理屋など様々な店でアルバイトをし、そして六年前、念願のお店オープンとなった。なっちゃんが夢を実現するのに背中を押してくれたのが彼女のお母さまだった。

「最初を言うと小学生ぐらいから思っていたんですけど。二十歳ぐらいから飲食店をやることを目指して働いていたら、ちょっと世の中不景気だな、って思って一回諦めたっていうか。実現は無理だと思っていたんですけど。なんかそれこそ、お母さんがお皿とか作り始めたぐらいに、『そういえばいつやるの』って言われて。」

と、なっちゃん。

 

なっちゃんの小さない頃からの夢を知っていたお母さまは、夢が実現するのを待ち遠しく思っていた、と和夫さんは話してくれた。

「(妻は)自分の趣味も結構色んなことをやっているんで、お店を手伝いたいっていう気持ちもあったのかもね。だから『いつやるの?いつやるの?』って。」

こんな家族の力強いサポートで、なっちゃんは長年の夢を実現させることができた。

 

店を開店するにあたり西荻窪を選んだ理由は、西荻窪に並ぶ店みせの雰囲気が好きだったからだ、となっちゃんは言う。ここでは個人的なバックグラウンドやスキルなどは求めず、誰でもウェルカムな空気に惹きつけられたそうだ。

「まず、私はお酒を飲むことが好きなんですけど、中央線で飲むのが好きだったんです。っていうのは、中央線は個性的なお店が多いし、お酒が好きな人がやっているんであろうなっていうお店が多いんで。中でも西荻は本当に個性的なお店も多いし、一般人がやっていても許されるような、ウェルカム感っていうか、暖かさがあるっていうか。基本、自分がアマチュアだと思っているので。で、アマチュアなりに頑張ってやれることをやろうと思っているので。個性を大事にしている感じがあるなって思って。チェーン店とかも少ないですし。」

と、なっちゃん。

 

実は、和夫さんは 新婚当初、西荻窪に住んでいたそうだ。なっちゃんが店を出すことになり、四十年ぶりに西荻窪に戻ってきたところ、昔と全然変わっていなかった、と話してくれた。

「西荻は私が住んでいた頃と全然変わっていないですね。なんで変わっていないのかなって言ったら、やっぱりこう、企業がビジネスをやるために街を発展させている雰囲気はあんまりない。個人個人のお店が、楽しくホスピタリティーのある感じでやっているところが多い。それは四十年前とあんまり変わらないです。四十年経って来てみて、『あー、変わってないな。相変わらず西荻の人はなんとなくのんびりしている感じがするな。相変わらずいい町だな』って感じはしている。だからグッドチョイスって。」

と、和夫さん。

 

なっちゃんは、店がここまでやってこれたのは、西荻窪の雰囲気とそこに集う人のおかげだと言う。彼女は、「日頃から楽しみにしていることはお客との触れ合いです。」と嬉しそうに教えてくれた。

「楽しいことは、常連さんになってくださる方が山ほどいて、なんか知らないうちに友達が増えていて。一緒に店を盛り上げてくれる常連さんがいっぱいいるんですけど、そういう人と夜なよな、この先どうしていこうかという話をしながら飲ませてもらったりとか。そういう時間が楽しいですね。」

と、なっちゃん。

 

お酒が大好きななっちゃん。はじめはお酒好きな女性が気軽に来て飲める居酒屋にしたくて店の外装や内装を可愛らしくしたそうだ。しかし、今では女性客だけではなく、幅広い層の常連が集う場所となった。中には、毎日通い全メニューを制覇したツワモノもいるそうだ。

「常連率はすごく高いと思いますね、 だいたい二十代後半から四十代前半、三十代後半ぐらいの、まぁ、女性もね、一人暮らしの方とかここを通るんですね。そういう方でも気軽に一回入ると、やっぱりそのお店の雰囲気に馴染んだのか、一人で来ているお客さんがどんどん常連になって、そのお客さん同士が友達になって、っていうのが『イイトコ』の特徴なんですね。だから、そこに丸テーブルがあって八人ぐらい座れるんですけど、いつも夜、八人でワイワイやっていて、グループが来ているみたいに思う方がいるんですけど、八人は全部一人で来た人が友達になって。なっちゃんが終わるのを待って、なっちゃんが終わると、『お疲れさん』って言って、みんなで飲んで、カラオケに行ったりしているっていう。常連さんがここの場所で友達になって、みんなでこのお店を盛り上げてくれて。」

と、和夫さん。

 

そんな常連達は、なっちゃんの家族と同様に「いいとこ」を全力でサポートしている。西荻窪で定期的に開かれる朝市。和夫さんとお母さまが出られない日は、常連客たちがボランティアにと名乗りを上げ、店を手伝ってくれるそうだ。店の開店五周年記念の際は、「いいとこ」のためにライブハウスを借り、イベントを企画してくれた。

「今年五周年だったんで、五周年記念でライブハウスを借りてフェスをやったんです。企画とか準備とかですね、パンフレットもそうだしイラストもですね、やった音楽も全部常連です。」

と、和夫さん。

 

「常連さんが企画してくださった。『お祝いのイベントをやろう』って言ってくれて。イベントのために『いいとこバンド』を作ったんです。」

と、なっちゃん。

 

「常連でそれぞれバンドを持ってるんだけど。CDも作ったんです。」

と、和夫さん。

 

この企画のために、常連客と「いいとこ」でアルバイトをしている女子大生二人とで「いいとこコバンド」というユニットを結成した。お客が集う場所となっている「いいとこ」の素晴らしいところや、常連がみな大好きというなっちゃんお手製のハンバーグへの熱い思いを歌ったオリジナル曲など、イベントのためだけに作ったそうだ。

「オリジナルの『いいとこバンド』がですね、ここのメンバーが結成したんですけど、彼らがオリジナル曲を四曲か五曲ぐらい作ったんです。だから「ハンバーグ」っていう歌もあるんです。『いいとこ』のハンバーグって。『いいことしよう』っていう曲は、『いいとこ』に行こうっていう歌なんです。彼らがわざわざ『いいとこバンド』のために全部オリジナル曲を作詞作曲したんです。だから、けっこうなマルチプレーヤーっていうかね、才能のある常連さんがね、多くてですね。」

と、和夫さん。

 

和夫さんは、どの曲も大好きだと微笑みながら話してくれた。「いいとこバンド」の曲はよく店内で流れている。ちなみに五百円で購入できるそうだ。

 

なっちゃんは、西荻での生活を最高だ、と話す。若者のお酒離れ、アルバイト店員の減少、と、今、東京で飲食店を経営するのはかなりきつい。様々な厳しい事情でお店を閉めたところが西荻窪でも何件もある、と和夫さんも話す。しかし、なっちゃんはお店を営むのに大変なことは何一つ思いつかないと言う。それは、家族のサポートや西荻に集う人々の人柄のおかげだそうだ。アルバイトが必要なときもすぐに見つかる。手が足りないときは常連客がボランティアを買って出てくれる。こんな風に周りからすごく助けられている、と。お酒が飲めない人でも「なっちゃんの料理だったらご飯が進む」と言い、ご飯だけを食べに来るカップルや子供連れの家族なども多く来店する。

 

和夫さんは言う。なっちゃんはお店を営むことを心から楽しんでいる、と。

「なっちゃんの料理と、やっぱり西荻の人の人柄で五年間、何とかやってこれたんだけど。で、辛いことはって言っても、自分の好きな仕事で好きなお店をやっているんだから、これはもう最高の人生だって。」(ファーラー・ジェームス、吉山マリヤ、木村史子、2月18日​2020年)