中央線の英国風コミュニティパブ

東京にはイギリスとアイルランドのパブがたくさんある。居心地のいい個人経営のバーから賑やかなチェーンパブまで。全てに共通する点は、英語を話す外国人と英語を使いたい日本人の陽気な集いの場だということだ。 インターネット以前のこの場所は、国際恋愛の場、もしくは手軽な言語交換のパートナーを探せる場所であった。また、あるいは、ここに集い、単に冷たいギネスを飲み、遠く離れたダブリンを想像する場所でもあっただろう。

 

西荻窪の駅から七分ほど歩いた路地に、英国パブ The Hole in The Wall がオープンしたのは2019年四月。ここは、外国人コミュニティとしだけではなく、近所の人が集まるガストロパブもある。酒はもちろん、食事としての料理やもある。オーナーはDavid Carmichael(デイビッド・カーマイケル)さんと、真紀 Carmichael(マキ・カーマイケル)さんのご夫婦だ。アイランド系のデイビッドさんはイギリス育ち。1984年に来日。国際基督教大学で東洋史を学び、その後、東京の大学で数十年間英語教師をしていた。一方真紀さんは、大学で芸術史を専攻。大学在学中からアルバイトでバーの世界に飛び込み、そのままバーでの仕事を生業とした。今や、バー業界での大ベテランだ。

 

わざわざ都心から少し離れた場所、西荻窪に、どうして英国風パブを開くことにしたのだろうか。まずは真紀さんの話から始まる。

 「最初は大学生の時にアメリカ人の友達が阿佐ヶ谷でバーを始めて、飲みに行ってて、人がいなくて手伝って、大学三年か四年生くらいの時で、で就職したんだけど週二回くらい行ってて。ま、そこがアメリカ人の人がやっていたのでアメリカンバーみたいな感じで。」

「就職して五年くらいOLと掛け持ちしてて。あともう一個別のバーで働いたりとかして。結局あんまりOL生活に合わなかったりしたのでOL辞めて、バーの方と他のアルバイトをしてて。」

話に出たバーは阿佐ヶ谷の南商店近くの外国人に人気スポット、月光ラウンジだった。

だが、オーナーがお店を辞めてしまった。その店にはボトルを入れていたお客も何人かいたそうだ。

その中でアメリカ生活が長かったお客から、「店をやらない?」と、声を掛けられたそうだ。

「『真紀ちゃん一緒にやろうよ』って言われて、その人と一緒に八年ぐらい阿佐ヶ谷で店をやって。その間に彼も結婚したりして生活が変わって、そこ二人で一回区切りつけて閉めましょうってなって。」

 

声をかけたのは老舗酒店の息子三ツ矢サムさんだった。そのサムはアメリカに二十年以上住んでいたが、家業を継ぐために日本に戻ったのだそうだ。三ツ矢酒店も南阿佐ヶ谷にあった。真紀さんと三ツ矢さんは、酒屋のすぐそばのArrowsというバーを七年間にわたって営んだ。

 

そして、ARROWSを閉店後、今度は真紀さん一人で店を始めることになる。Asagya Cave という店だった。

「阿佐ヶ谷の駅までですごくちっちゃいスケルトンの物件が空いて、面白いよ、って言われて、じゃあ一から。ほんとにスケルトンだったんで、すごいちっちゃかったから、トントンカンカン友達と作ってみて。そんなとこで五~六年やって、その間に結婚して、家も西荻に越してきちゃって、通うのがきつくなって、それで一旦そこ、閉めて他の女の子に引き渡して。彼と、どうしようかって西荻に物件探して、ここに。ね。」

結婚した相手は、もちろんデイビッドさん。

 

知り合った当時、真紀さんは阿佐ヶ谷に住み、デイビッドさんは荻窪に住んでいた。そして、西荻窪は二人で飲む場所だった。二人は西荻窪を「中央線の町でも他と違っていいなぁ」と感じていたそうだ。

「まず家、こっちに移して。二年間お店探して、なかったらまた別のプランBに行こうって思って、西荻限定って決めて、条件を厳しくして。妥協して始めるのも嫌だったので、その条件に合ったところが二年間かけてなかったら違うことやろうって言ってたらちょうど見つかっちゃって。じゃあ始めましょうって。」

妥協しないと決めて始めたので、この場所を探すのも、店を作り込むのもとても時間がかかったそうだ。

「西荻の町が面白くって、なんとなく、他の町と違くって。中央線でも。なんかこう、阿佐ヶ谷とも違うし、高円寺とも違うし、なんか…どの駅もみんな自分の町が好きなのは一緒なんですけど、なんか育ちのいい方も多いし。焼き鳥屋とかも、高収入みたいな人が一杯飲んでたりとかも。特にお店やってて思ったのが、いろんなバックグラウンドの人が…。海外に行った人だとか、中東で育った人だとか、なんか、みんないろいろ後ろにあるものがおもしろいなぁって。お店やらないと知り合うこともなかったけど。」

 

いよいよ西荻で開店。なぜ英国風パブに決めたのか、理由をうかがった。

「最初お店をやろうとして、いろいろあの、すごい悩んで、スパニッシュパブとかいろいろ考えて、で、私たちも飲んだり食べたりするのが好きで、いろんなお店に行ってみて、結局、そこいらじゅうにスパニッシュパブあるし、私たちスペイン人じゃないし。で、いろいろ考えて、彼がイギリス料理の、昔お母さんが作ってくれたみたいなの、食べたがるから、そんなのずっと作ってたんで。彼もアイルランド人だし。で、そういうお店があんまりないし。系列のパブはいっぱいあるんだけど、パブのチェーン店の料理になっちゃうし。昔お母さんが作ったような、一般的なイギリスのお母さんが作ってくれた料理を出す店に。」

 

確かに、本格的なイギリス料理を出す店は東京ではあまり聞かない。また、日本人にとっては、パブ=お酒を飲むところで、パブでイギリスのおふくろの味を楽しむという認識はあまりないだろう。

「イギリス料理、ないんですよ。アイリッシュカフェっていうのがあったけど閉まっちゃって。あと、何個かはあるんですけど、閉まっちゃったし。どっちかっていうとイギリスのケーキかスコーンの店が多い。イギリス料理があまりないんで、日本って。あと、いろんな材料でも手に入らなくて。でも逆にそれを作ると喜んでくれて。」

 

料理はほとんど真紀さんが作る。本格的なイギリスの味だ、と、食べログなどにも書かれているが、実は真紀さん、イギリスに住んでいたわけではないそうだ。

「お店やるころから古いレシピ見るのがだんだんおもしろくなっちゃって。あと、なんだろう、今のイギリスの人も本音は昔お母さんが作ってくれた料理が好きなんだけど、忙しくて時間がなくて、既製品とかパブ料理とかになっちゃって。古いレシピ本はいっぱいあるんですよ。それがインターネットでも見れるし、買えば買えるし。イギリスのベーキングの母みたいな本で、この人の本って決めて、あと何冊か買ったのと。インターネットもすごい。イギリスは二回くらい行きました。」

「向こうで簡単に手に入るものがこっちでは手に入らない。なんていうかな。チャツネとか。インドのチャツネと違ってイギリスのチャツネはもうちょっと甘いんですよ。あれとか、イギリスに行くとスーパーにだーっとか。ジャムと一緒に、で。でも、こっちでないし、ものすごく高いから作ると喜ぶし…。ケーキ作るときに、どうしても日本で手に入らなかったり。すごい高いのは、イギリスで買ってきますが、ゴールデンシロップって言って、日本で糖蜜みたいなもの。レシピにそれが鉄板で入っちゃうんで。ゴールデンシロップのケーキとか。イギリス行くとどこででも買える。缶に入ってて。日本で買えなくはないんですけどすごい値段なんで、えっちらおっちら(イギリスから)持って帰ってくる。」

 

また、真紀さん自身がいわゆる文学少女で、本の中の料理に憧れ、想像し、わくわくし、その経験が今のイギリス本場と言われる料理につながっているようだ。

「子どもんとき本が好きだったので。アメリカの本とか読んでると、赤毛のアンのレシピとか。あそこの中にいっぱい出てくる料理が、名前だけ、頭の中で想像だけだったのが作れるんでおもしろくなっちゃって、見たこともない料理を作るようになっちゃって。結局は、あんま進化してないんですが、丁寧にいい素材を使って作ると、昔懐かしい味になるんで。で、味見はデイブ。あ、これだいじょうぶって。」

 

開店して一年半ほどたつが、お客はどんなふうについたのだろうか。

「最初は、あんまり宣伝をしてなくて。ゆっくりスタートしたいなと。古い知り合いで、彼の友達のイギリス人、その、前の彼が教えてた大学で…、パイを、彼がランチタイムに売ってたんですよ。イギリスの人達がすごい懐かしがって、いっぱい買ってくれたんですよ。で、うちらが開けたので喜んできてくださって。それまではうちであっためて食べてたんですよ。うん。それと二人の共通の外国の方が来てくれたんですけど、あんまりその、バタバタするのは嫌だったので、知り合いにもそんなに宣伝せずに、なんとなくゆっくり始めて。ただ何となく聞きつけてくれて、地元の方がちょっとずつきてくれるようになって。今でも毎日お客さんが来てくれるのがうれしい。」

「地元の外国人の方が聞きつけてきてくれたり、あと沿線。イギリスの方は遠くからも来てくれます。イギリス料理を食べたいって。毎日食べるような店じゃないんで、二・三か月に一回ご家族の方と来てくれたりとか。食事に。あとは飲みに。毎日来てばばって飲む方よりも、たまーに来て食べていただける方と、ほんと飲みにだけ来てくれる方と二通りに分かれるんですけど。」

 

お話に出てきたように、この店には、とにかく欧米系の外国人たちが多くやってくる。西荻窪という、都心から離れた場所にもかかわらず、である。外国人のお客について、真紀さん自身がこれまで見て感じたことを話してくれた。

「月光ラウンジのときは、そうですね、アメリカ系…。当時あんまりなくて、六本木にあんまり行きたくないけど、外人バーがいい。で、まだバブルの香りが残っている時代で、結構その、英会話の先生、企業で来たお金ある人たちが、なんか中央線が好きになっちゃって、六本木じゃなくて地元のバーでガンガン飲むみたいな感じの最後の時代かな。」

「西荻に来て、外国の方がこんなにいるのって。西荻には落ち着いて家庭持っている外国の方が多いですね。なんか、長くいらっしゃるっていう。高円寺とか阿佐ヶ谷とか、若い人が。こっちは子どもさんがいて、家庭持っている普通の方が多い。そういう人が住みたがるんでしょうね。」

The Hole in The Wallの顧客の約40%は外国人だ。西荻窪は外国人人口が比較的少ないので、それから考えると非常に高い割合だろう。(杉並区全体人口は562,000人、うち外国籍の人口は約2%に過ぎない。)

「テイクアウトは日本の方が多いですね。常連客は外国の方が多い。日本人はなんとなく(英語を)喋れる方が多い気がする。駐在してたとか、大学時代にイギリスに留学していたとか。でも、なんとなく海外に行ってたことがある人が来てくれるのが多いかな。」

だそうだ。

では、英語でコミュニケーションが取れるお客同士、店の中で外国人と日本人、知らない者同士声を掛け合うことはあるのだろうか。

「あー、でもカウンターに座って、なんとなく話がつながって、次回会ったときにまた覚えてたりとか。テーブルだとあれなんですが、カウンターだとそういうことをしたい人達だと思うんです。日本の方もカウンターに座って、なんとなく話にまざって、何回か目には頑張って喋って、とか。日本語が喋れる外国の方もいらっしゃるんで。私たちもカウンターに入ってくれる方は顔も名前も憶えやすいんで、なんとなく話振ったりとか。テーブルに座る方だとカップルの方とかであんまりほかの方とは…。」

 

「The Hole in The Wall」は「壁の穴」の意味だが、三十人の客が入れるコージーな空間だ。西荻の他店舗と比べると決して狭くはない。 壁に貼られた古いアイルランドの写真の中には、デビッドの祖父母の写真もある。カウンターやテーブルがある場所と離れた奥の方には、周りを壁で囲まれた小部屋のようなスペースがある。ここはちょっとしたコミュニテーの場として使われているようだ。

「ちょっと離れた席ではカードやっていたり。あとは朗読。なんか自分たちで本書くクラブの方たちがたまに集まってごはん食べながら発表会みたいな。ショートストーリー。海外の方。翻訳家だとかライターの方だとか。その人達は、その中の一人か二人が最初来てくれて、あ、ここスペースがあるからそういうことやっていい?って言われて。特にあそこ静かなんで、ぜんぜんいいよーって。で、何回かやってくれて。偶然なんだけど、そん中の一人が前わたしたちが住んでいたマンションに住んでて。それはほんとに偶然なんだけど。」

一度来た者が次回は知り合いを連れてやってきたり、または教えたり、とで、少しずつ店の存在がひろまっていったようだ。

 

飲む場所いうよりも食事をする場所になっているThe Hole in the Wall 。

「つまみとかもあるんですけど、なんとなく私たちが思っていたよりも皆さんお食事に来てくれる…。最初は、イギリス料理、ちゃんとしたイギリス料理を出したいっていうので、…うちはフィッシュアンドチップス、ないんですよ。フィッシュアンドチップスがイギリス料理ってわけじゃないんだよって。あれは家庭料理じゃなくてテイクアウト。」

「パイ料理メインと、あとちょっと変わった、カレー、彼らがイギリス料理と思っているので。今日はないんですけど、日によって。あとチキンティッカとか。彼らの思うインドカレー。インド料理とはまたちょっと違うんですけど。あと、マルガトーニとか。冬になると食べたいね。基本は鶏肉とお野菜とリンゴが入って、お米か麦でとろみがついてて。基本のスープはベジタリアン系のシチューみたいな感じの。ごはんっぽいんで、けっこうがっつり。でりんごも入るんですよね。」

 

 手作りだという店の内装が醸し出す雰囲気は、デイブさんの影響が大きいのだろうか。

「雰囲気は、イギリス行くと毎日パブなんで、その田舎にあるパブの雰囲気が再現したくて。建物が決してああいう建物じゃないから無理なんですけど、二人で再現してみて。ロンドンのパブじゃなくて田舎のパブ。デイブはイギリスの田舎の人、アイルランドのおじちゃんってことです(笑)。」

料理はアイルランドの影響はあるのだろうか。

「そうですね。でも、結局一緒なんですよね。ただ、ちょっとだけ変わるだけでアイリッシュ何とかってなるんだよね。やっぱ、元辿るとイギリス料理になっちゃうんで。たまーにアイリッシュシチューとか冬に出すのは完璧にアイルランド。あと、ギネス何とかもアイルランド。でも、結局ギネス入れたシチューなんで。」

飲み物についてうかがった。

「うちはちょっとと変わってて、基本はスコットランドのIPA. イギリスのサイダーとギネスっていうのが鉄板だったんですけど、今ちょっとIPAが一種類しか、どうしてもお客さんが少ないんですぐダメになっちゃって。このスコットランドのIPAかアイルランドのIPAどっちかと、イギリスサイダーとギネス。今日あるのはスコットランドのIPA。」

「みんなビールから始めてウイスキーを飲む人は飲む。あと、食事してきた人はウィスキーから始めたりとか。毎日こんなこってりした料理大変なんで、外でぱっと食べて、〆で飲みに来てくれる。あと、先に来てここでごはん食べてとか。ぱっと飲みに来るのはご近所の方。ぱっと飲んでチャージ払って。」

 

最後にコロナの影響についてうかがった。

「正直言うと、テイクアウトでお客さんが来てくれなかったらきつい。テイクアウトはコロナの前から、お客さんから言われて自発的に。で、自発的にというか言われるがままに始めたんだけど。あと、冷凍ものをまとめて。そしたらコロナが始まって…。」

テイクアウトのパイとケーキは、自宅で温めなおして食べるとお店で食べるような味で楽しめる。2021年あたまの売り上げのほぼ3割がテイクアウトだそうだ。

 

西荻窪という東京都23区の西の外れにあるイギリスの田舎のパブを目指し、何人もの欧米系外国人と英語圏と何らかのつながりがある日本人たちが集まってくる。彼らは六本木のパブで飲んでいるような若く華やかな外国人と日本人ではなく、日本に腰を据えて住むことにしたちょっと落ち着いた人たちのようだ。これは、西荻という町の性質を、個人経営の小さなガストロパブが表出しているのだろう。(ファーラー・ジェームス、木村史子、2月3日2021年)

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