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福井県人に育てられる東京の福井の店

「北大路魯山人という美食家の方がいらして、厚揚げも焼くと虎の模様のように見えて、そこに大根おろしをたっぷりかけると雪に隠れた虎に見える、ゆきとらという料理がありまして。わたしたちが出す油揚げも大根おろしをかけまして召し上げっていただくので、そこから『ゆきとら』と名前をつけさせていただいて。福井は雪のイメージがありますので。」

 

料理人の樫山京子さん(かしやま きょうこ)は、西荻の福井料理店の名「ゆきとら」の由来をこんな風に説明した。

 

ゆきとら」は、西荻駅北口から女子大通りを西へしばらく歩き右に曲がった露地の老舗のマクロビ食堂の隣にある店だ。福井料理と言われても、正直、蟹以外に「これ」と出てくるものがあまりなかった。お品書きを見ると、油揚げや鯖焼きといった素材そのままをいかしたメニューが並んでいる。これらは福井の地元で食べられている料理だ。店の名前にもなっている油揚げも、串に刺して焼いた鯖も、とてもおいしい。飽きがこない味である。とはいえ、なぜわざわざ、どちらかというと「マイナーな」福井料理の店をオープンさせたのだろうか。

 

「もともと樫山とわたくしが大学の先輩と後輩で、わたしの同期と樫山ともう一人、四名ほどで立ち上げたんです。素材としましては、福井の鯖・蟹、そういったものを。樫山の実家のおじいさまがずーっとお店をやっていたということもあって、そこの素材も使って郷土料理をやろう、といったのがきっかけになりました。」

店を出す経緯を話してくれたのは、共同出資者のお一人でオーナーの田内信隆(たうち のぶたか)さん。

 

「もともとは、ほんとに昔なので、雑貨屋さんみたいなのの横に食らべれるスペースがあるというか、田舎の、ほんとに洗剤なども売っている駄菓子も売っているようなちっちゃな店の横に鯖とか食べられるスペースがあって。一番初めは仕出し弁当屋さんから初めて、その後、わたしの伯父が近くに少し大きな居酒屋さんみたいなのを作ったんです。はい。福井県の福井市なんですけど、福井市も駅から車で三十分ぐらいなんですけど…。わたしは福井で生まれて埼玉県で育ったんで。ずっと埼玉で暮らしてきて、夏休みとか冬休みとかはずっと福井で過ごしていたという感じです。」

樫山さんが子どもの頃、長い休みを過ごした福井の懐かしい味。その味をこの店で再現している。

 

樫山さんと田内さんらは、仲間と集える場所としていつか飲食店をやりたいと話していた。せっかくやるのだったら一般的なものよりも福井のもの、福井のおいしいものをやりながら福井の郷土料理を紹介していくのはどうか、と、店のコンセプトがだんだん固まっていったそうだ。

田内さんは飲食業の経験はないそうだが、樫山さんは調理師の免許も持ち、日本酒の利き酒師の資格も持つ。

「わたしは学生時代から飲食店でアルバイトをしていましたし、もちろん主婦として培ってきたものや、あとは居酒屋さんとか保育園の給食と。お子さん預かって食事を提供するような仕事もしてましたので。はい。調理師です。」

他の出資者の二人は他に仕事を持ってるため、今は田内さんと樫山さんで店をきりもりしている。

 

西荻窪は、小さな飲食店を開くには吉祥寺・荻窪よりも出店しやすい。しかし、これは、小さな飲食店の激戦区に参入することをも意味する。

「 ここのビルのオーナーさんから、西荻というのは派手に宣伝しちゃいけないよ、と。チラシ撒きとかもろもろのこともせず。うん、樫山の方がSNSとかああいうものを使ったりとか。あとは福井というものが大きなコアでありまして、明倫学舎さん、福井の団体が立ち上げている福井の学生さんが入寮できる寮というのが吉祥寺と西荻の間にあるんです。」

と田内さん。明倫学舎はゆきとらからから歩いて十分かからないところにある、福井出身の学生たちが住む男子寮だ。ここから学生たちは大学へ通う。

「とにかく弱いものでも福井と繋がろうと、明倫学舎さんしかり、県人会、福井応援隊と、そういったものに入りまして、福井の方がよくいらしてくださる。あと、東京在住の福井の方が来てくださったり。今の常連さんの中にも福井の方が、ですね。」

福井料理と決めたからには、福井つながりに特化して集客をしていく、といった方針のようだ。そもそも、福井料理の店自体が少ない。

「北海道にせよ、大阪にせよ…他のものに比べたら百分の一くらいですね。銀座とかにはあるんですけど、中央線沿いにはないので、西荻窪とかに住んでいる福井出身の方がちょっと懐かしいなぁと来てくださったり、あとは福井などから出張などで来られた方がどんなお店なんだろうって来てくださる。 」

こんな具合に自然と福井出身のお客が集まってくる、と田内さんは話す。

 

では、福井出身者がたまにどうしても食べたくなる地元の料理、福井料理についてうかがった。

「蟹が一番(笑)。そうですね、鯖街道というものがあって。素材のままというのがおそらく福井のと思うんですよね。あと、東京風ではなく出汁風味、関西風でございますね。薄味ですし。越前こしひかりなど。素材の味をそのまま楽しむというのが多いですよね。福井料理の定義と言われたら…」

「食の未決国とか言われていて、昔はね、京都まで、越前(えちぜん)のものは素晴らしいからと、鯖街道が生まれて。」

田内さん。

「京都まで運んだりとか。あとはこしひかりも福井が発祥と言われていますし。食べ物の素材があまりにもよすぎて、それが福井県民にとっては当たり前というのが今こうやって、あの、取りざたされているいというか。『和食は福井にあり (平凡社)』という本があったりとかするし。」

樫山さん。

 

いい素材が手に入る地で、そのいい素材そのものをいろいろとこねくり回さずに素直にいただく、といった料理が多いようだ。メインの素材に、蟹、鯖、そして油揚げがある。油揚げは厚揚げか?と思うような厚いものだ。樫山さんが福井の油揚げについて話してくれた。

「福井の油揚げの特徴はとにかく大きくて厚みがあること。そうです。厚揚げではなくて油揚げなんです。重たくないっていう言い方は変なんですけど。福井に行くといろんな会社の大きい油揚げが普通にスーパーにありますし。薄いのもありますし、中揚げというちょっと小さいのもありますし。とても有名な谷口屋さんという、テレビとかでもたくさん出ている有名な谷口屋さんの油揚げと、弟さんが作っているトーフ庵(とーふあん)。これはやっぱり、作る人によって、使う豆や油や水によって全然食感が違うので、それをたまたま今回ご兄弟ということで、お兄さんと弟のということで、東京の人に食べ比べてもらおうということで。」

「一時間くらいかけて揚げてるみたいなんですよ。時間をかけてじっくりじっくり。とにかくこだわりの水とか油とか、大豆もこだわって。で、もともとは精進料理。永平寺っていうお寺があるんで、たぶんそこからこんな風に発達してきたんじゃないかなと。こちらが谷口屋さん。商売上手。観光バスも停まるんですけど。山の中のほんとに小さいお店なんですけど。わたしも一度行かせていただいて、揚げたてを食べさせていただいたんですがとてもおいしかった。」

田内さんによると、

「この兄弟食べ比べは福井ではできないねって(笑)。とても大きな声では言えないっていうか。感想聞いてわたしたちが楽しんでるっていうか。谷口屋さんがお兄さん、トーフ庵さんが弟さん。 」

だそうだ。

次に、樫山さんに鯖のことをうかがった。

「鯖は丸ごと、串に刺して丸ごと焼くことが。もともとは鯖って悪くなるのが早いので、京都まで持っていくのに長期間食べられるようにするために、もう全部焼いちゃう。海側は、塩しないで、そのまま海からあげすぐに塩水ついている状態で串に刺して炭で焼いて、京都に献上するということをしていたようです。わたしも祖父がこんな風に一本に刺していたのを食べてたんですけど、焼いて二日くらいは全然何ともなく食べていました。内臓はとっています。ま、あと、鯖も種類がたくさんあるので。マサバです。」

こちらの鯖は酔っ払い鯖とよばれているそうだ。

「酔っ払い鯖っていうのは餌に酒粕をこう入れて、混ぜているようなんですね。ストレスを少し軽減させるっていうんですかね。ほろ酔いにさせて。」

 

そして、福井といえば越前蟹。ゆきとらでは十一月から蟹を食べることができる。

「福井は蟹が一番有名なんですけど、茹でてそのままで食べるんですけど。海水で茹でてそのまま食べます。あとはせいこ蟹(せいこがにの 食べ方動画  )というメスの、香箱蟹(こうばこがに)とか地方では言われるんですけど。小さくて、昔わたしの祖父たちがおやつ代わりに食べていたと言われるくらい、こう、新聞紙にくるんで置いていあったっていわれるくらい。 」

ズワイガニは他の地域でも獲れるが、福井はブランド化に成功した、と田内さん。いわゆる越前蟹(えちぜんがに)だ。その越前蟹の雌がせいこ蟹である。

「小さいんですけど、味噌(蟹味噌)と一緒に内子(うちこ)外子(そとこ)と呼ばれる卵、そこがおいしいっていうふうにされているんですよね。オレンジ色の。これが特においしい。甲羅にね、日本酒を入れる。十一月六日に解禁なんです。」

「越前蟹は十一月六日に漁が解禁になるので、うちに届くのは十一月九日ぐらいになると…。うちの店では越前蟹は予約優先ですね。せいこ蟹は予約優先ですけど、だいたいみなさん食べられる感じですね。せいこ蟹は十一月六日から十二月三十一日まで、わずか二カ月間しか…。こちらの越前蟹の方は三月の二十日くらいまでですね。」

 

 

開店当初のメニューは「ぺら一枚だった」ほど少なかったが、福井出身のお客達によってメニューは育てられていった。

「鯖、油揚げ、あと歴史はないのですが、ソースカツというものも福井生まれで。福島、長野、福井、三カ所くらいが主張しているようなんですが(笑)。で、どんどんどんどん、福井のお客様が来られて、福井料理をやるなら漬物は入れなさい、とか。ほんとにお客様に育てていただいたといいますか。お酒も、個々の酒蔵さん紹介するから、新しいの、毎回定番メニューじゃないけど入れてごらん、とかいう話で。だいぶね。南部酒蔵さんしかり。」

と田内さん。

「お客様から酒蔵さんとかも紹介していただいて。」

樫山さん。

「福井県人会、福井応援隊、東京福井…何会でしたっけ、そういう方々と既知になれたことがいろいろと。」

 

食材の卸はほとんどが樫山さんの仕事だ。

「そうですね。福井の。福井から全部直送です。さっきの油揚げも鯖もお野菜も。お米はわたしの祖父母が二日市市(ふつかいちし)というところで作っているので、小さいときからずっと食べていて、それを送ってもらってお店でも出しています。」

米には評価基準がある、樫山さんおじいさまおばあさまが作られている福井県産こしひかりはダブルA評価(AA評価)だ。魚沼産ですら去年落ちてしまったが、こちらはずっとダブルA評価をもらっているお米だそうだ。その米を玄米のまま送ってもらい、ゆきとらで精米したてを土鍋で炊いて出しているとのこと。

 

ゆきとらのカウンターには日本酒の瓶がずらりと並ぶ。

「いちおう田酒(でんしゅ 青森の酒)ありますけど、お酒…日本酒はすべて福井のものですよね。お米がわりと甘めなので、どちらかというと甘いものが多いと思いますよね。でも最近、辛口と言われるものもあります。常にここにあるものは、黒龍(こくりゅう)と梵(ぼん)と早瀬(はやせ)( 福井の酒ランキング上位 )とか。福井のものです。海外ではすごく凡さんは有名ですよね。日本だと黒龍が有名かも。」

日本酒の利き酒師でもある樫山さんが、扱っている日本酒についてさらさらと説明してくれた。

 

ゆきとらはランチと夜の営業だ。料理人は樫山さん一人だが、人手は足りているのだろうか。

「土日でしたら、ランチは限定十食をうたっているのですが、十五食くらい。夜は来ないときは一人のときもありますし、多いときは二人ではちょっと回らない。そうなりますと、稼働率を上げるのは私たちでは無理だね、と。六十パーセントから七十パーセントぐらいが………。」

と、田内さん。

「満席になっちゃったことが何度もあるんですけど、そうなったら料理の提供がどうしても遅くなってしまったり。時間差があるといいんですけど、全員ほぼ同じ時間に満席になると、どうしても調理が追い付かない、という。あと、配膳というかサービスが追い付かなくなってしまう。ちょっとね、二人だと満席になると…。」

「予約などをちょうだいしていますと、アルバイトの方に入っていただく、それでもね、百%の稼働は難しい。ほんとに飲食というのは儲けるのは難しい。ほんとに、素人が仲間と『いいや』と思ってはじめたものを儲けに転化するのは難しいと。夜はそうですね…。ならしますと、昼、十数名。夜は一人のこともあれば三人のこともあれば、うーん。」

利益をあげつつ、来店するお客に常に対応ができるよう予測して人手を手配する。日々これを行うのはかなり難しいことである。

お客はほとんど地元の方達。子ども連れも多い。ランチは圧倒的に女性が多いとのこと。

 

着物姿で店に立つ樫山さんは、ご自身で着付けをなさる。

「はい、趣味で。あと祖母が着物が好きだったので、祖母の着物を着て。」

着物の女将がいる福井料理屋。地味?とも思えるが、地味だからこそ好きで通ってくるお客が増えている。ゆきとらは、福井出身のお客に育てられながら、まだまだ知られていない福井のよさを伝えつつ、試行錯誤しながら日々奮闘している。(ファーラー・ジェームス、木村史子、10月30日2018年)

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