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ヌーベルシノワの町中華

町の中国料理店、いわゆる「町中華」。誰もが気軽に入れ、中華定食や麺料理が楽しめる。油通しした食材がちょっと濃いめの味付けで調理され、白いご飯がすすむ。ビールと一緒に焼き餃子とラーメンもいいだろう。と、そんな想像をしてしまうところだが、西荻窪の北口、歩いて五分ほどの小さな中国料理店、「中国食酒房まつもと」はちょっと様子が違う。三年前、ミシュランガイドに中国料理部門ができたときからずっとビブグルマンに掲載されている店だ。ミシュランか?町中華か?さて、この店をどう定義する?

 

中国酒房まつもとのオーナーであり料理人は松本健二さん。西荻窪に店を開いたのは十二年前だ。奥様と二人で店を切り盛りしてきたそうだ。

「高校卒業したとき、就職したのが中国料理屋さん。東京です。そうです。東京は三十一年。」

「たまたま南荻窪にアパートを借りてて、近くでいいかと。ただそれだけです。何にも考えていませんでした。住んでいるところに近くて。吉祥寺は物件とか高いじゃないですか。荻窪も高かったんですよ。遠いと嫌じゃないですか。それで西荻窪は安いし、意外と飲食店も多いからいいかな、と。」

生真面目な職人風の松本さんは、淡々と語る。松本さんに「中国料理」というものについてうかがってみた。

「日本の料理のルーツは中国料理から来ていることが多いんで、日本人にはなじみやすいです。それで使っている調味料も醤油、味噌、普通にあるじゃないですか。発酵調味料も向こうから日本に渡って来たものだから、なじみは絶対あるんですよね、中国料理の。」

松本さんに中国料理の難しさを尋ねた。

「全部です。瞬間的なものが必要になってくるんです。技術的なものの中にも。瞬間的に作らなければいけないから、瞬間的に味みなきゃいけない。他の料理は味みながらゆっくり調節きくとは思うんですけど、一発で決めなきゃいけないっていうのは中国料理の方が多いかなって思いますね。」

 

松本さんの中国料理料理人としての修業は、見習いとして厨房に入ってすぐはじまった。

「そうですね、お店の中で先輩たちがやっているのを見て、と、あとは今でもあると思うんですけど賄い(まかない)っていうシステム。若い子、新入社員で入ってきた見習いの子が先輩たちにごはんを作るわけなんですよ。それで鍋を振らせてもらったりとか、いろんな調理器具を使わせてもらったりとか、食材を使わせてもらったりだとかから勉強ですよね。それが一番。」

「まず始めは切るところからはじめて、でもすぐ、賄い作れ、と。そうですよね。いろんなもの作ります。朝昼晩作ってたんで。」

「ずっと日本人と仕事していた中で、六年間だけ香港人と仕事しましたね。中国は行ったことはあるんですけど、仕事したことはないです。印象的なところ?…たまたまぼくの親方の修業先が台湾で、そこは斬新的なものを出すところで。台湾料理ってのは家庭料理ばっかりなんですけど、台湾のレストランで高級なものになってくると香港から招聘するんですよ、コックさんを。広東料理が入ってくるんですよ。で、その広東料理がはいってきたときにヌーベルシノワの先駆者が台湾にいたんですよ。風苑って店だったんですけど、そこで親方が修業して、女性社長の楊さんという人と一緒に仲良くさせてもらって、いろいろ教えてもらいました。ヌーベルシノワはスタイルですね。中華のドーンと一皿ではなく一人一人に、といったスタイルです。みなさん、みなワイン飲まれるって言いますよね、台湾。」

フレンチ風サービスを特徴とする新しいタイプの中華料理、ヌーベルシノワ。松本さんはこれを、日本の厨房で身に着けていった。就職早々から実践的だった修業の場をかいくぐり、手に入れた中国料理の技術で独立。西荻に自らの店を構えた。

 

まつもとではお昼と夜の食事を提供している。出している料理についてうかがってみた。ネットなどではスープに胡桃が入った担々麺が有名だ。

「それはお客さんが勝手に決めていることであって、別にうちで、っていうわけではないんです。でもま、有名でお客様がそれが好きでそれを食べてくれるんだったら、それに越したことはないかなぁと。」

「自分の発明じゃないですけど。やってらっしゃるところもありますけど、自分のレシピですね。胡桃、入ってますよ。胡桃は四十パーセントくらい入ってるんじゃないかな。タレに対したら四十パーセントくらい、けっこうな量入ってますよ。百パーセントの添加物なしで。辛さは言われれば調節しますよ。 」

松本さん独自のレシピで作る胡桃たっぷりの担々麺とスパイシーな麻婆豆腐は、お昼の定番料理だ。だがやはり、この店の特徴は夜のメニューにある。

「魚ですね。」

松本さんは言う。その日の魚から種類・サイズを客が実際に見て選び、そして調理法も選べる。

「例えば二人でいらっしゃる方、四人でいらっしゃる方、サイズの問題もあるじゃないですか。天然のお魚なので大きさがいろいろあるじゃないですか。だから大きさも相談しながらお客様と決めていかなきゃいけないじゃないですか。でも、蒸して絶対っていうのはアカハタ。ハタ(ハタの種類一覧)は絶対。香港のスタイルで魚の蒸しものっていったらハタなんですよ。だからこれはオーソドックスなもので、ばっちりなんですよ。上海の方の魚は川魚で泥臭い。なので上海の魚は焦げるぐらいまで揚げて甘酢かけて、塩とオイスターソースがベースになるんで。」

 

「一番おすすめしてるのがスチームで蒸して、油ジュっとかけたの。お魚丸ごと蒸して。香港広東料理ですね。お魚丸々蒸して。これは今、人気ありますね。前からやってたんですけど、本格的にこういう五島列島とか、産地を指定してやったのが一年前くらいですかね。長崎です。やっぱり、白身のお魚が中国料理に合うお魚が多いんで。ブランドありますからね。」

スチーム料理のほか、刺身、揚げる、の三種類の調理方法から選べる。中国料理で刺身というと日本ではあまり馴染みがないが、上海では一般的だそうだ。

「上海料理であるんですよ。刺身って。だから。珍しいって言う方はいらっしゃるんですけど。」

他に人気のメニューについてうかがった。

「どうしてもテレビに何度も紹介された料理っていうのは人気あります。それが、えっとね、チャーハンと酢豚とえびちりとホイコーローと、やっぱりテレビをリアルタイムで観た人はそれが頭に残ってるみたいですよね。あの店はこれっていう。それをメインに肉付けして組み立てて注文される方が多いですよね。」

メニューを見せていただいたが点心などの蒸しものは見当たらない。小さなレストランではできることに限りあるので、と松本さんはきっぱり言う。

 

ところで、まつもとの中国料理は中国のどの地方の料理なのだろうか。

「百%広東料理っていうのは日本に絶対ありません。それは中国に行ってもほぼないです。それをなぜ今ここで聞かれるのか?と。お客様みんな聞かれるんですけど、『ここは何料理ですか?』『いちおう、こういう形でやってます。』と伝えますが(笑)。まつもと流でいいんじゃないですか(笑)。」

「例えば本場の中華って言いますよね。本場の中華に行きました。百件あれば百件味が違うんですよ。じゃ、どれをなにをどういうふうにもって中国料理で、これを本場の味で、というのはわたしには理解できないんですよ。理解する必要もないって思ってるんで。ただ、ぼくはオイルを控えめに料理を作ることは心がけています。オイルは絶対控えめに。もたれちゃうんですよ。ぼくももたれちゃうんですけど。そうですね。味付けも含めて。例えばオイルの多い料理ってのは二つ。三つまでいかないんですよ。さらっと食べられるもののほうが、やっぱり食べられるし。炒め物にしてもやっぱり、みなさんほとんどの方が油通ししてそのまま炒めるんですけど、うちは一回鍋を洗ってからまた調理をはじめるんですよ。余分な油はほとんど入れないようにしてるんですよ。」

 

提供するお酒についてもうかがった。

「人によりけりで、紹興酒飲む人は飲むし、紹興酒飲まれたことないっていう方も正直いらっしゃるんで、そうゆう方には普通にビールとかワインも豊富にあります。今、うちのかみさんがソムリエの資格、一生懸命勉強してるんですが、わたしもワインが好きなんで。少しだけ味がわかるつもりではいるんですが。」

中国料理にはどんなワインが合うのかをうかがうと…。

「例えばフレンチって、あのー、一つの料理に一つのワインを合わせるのはいいですけど、この中国料理、わたしの中国料理の店でどのワインが合いますか?って、それはおかしな質問になってしまうわけなんですよ。あのー、コース料理でこの料理にはこのワインが合いますよっていうのは、たぶんフレンチのレストランでもいえると思うんですが、この流れで全部合わせるんだとしたらたぶんスパークリングワインしか出てこないんです。ほんとのこたえは。と思いますよ。だからいまペアリングってやっているじゃないですか。それはそういうことなんですよ。」

まつもとではペアリングはやっていない。けれども、もちろん料理に合わせてたお勧めのワインはある。

「蒸し魚ですか。基本的に言われるのはソービニヨンブラン系とあとシャルドネの、ちょっと石灰石使ったシレクス系のシャルドネは合いやすいと思いますね。あと日本の甲州ですよね。甲州とは合わせやすいとは思いますね。あと、好きな人にはゲヴュルツトラミネールいってみたり。ま、ちょっとなんていうんですかね、上のもの求めるとき、コスト的に合わないって言われたら、『ピノ・グリス合わせるのもおもしろいですよ』と勧めたりもします。」

 

最近 になって松本さんはホールに出て接客するようになった。

「今までは調理場にこもりっきりの人間だったんで。」

「かみさんは、子どもがまだ小さいんで、ランチだけ。わたしがホールに出て。料理人は一人いるんで。」

もう一人の料理人は松本さんの修業時代の先輩だ。

「十年同じ釜の飯を食った人なので。」

 

しかし、調理場にこもりっきりだった松本さんが、なぜホールに出るようになったのだろうか。

「どうしても、やっぱりホールがいないんで。ホールは最近ずっと出てますね。人がいないから…。人がいない。どうしても。そうですね、今はほんとに社会、ご時世ですよね。ほんとに厳しいです。昔はほんとに、求人を出せば来てくれるフリーターの方だとかアルバイトの学生さんとかいたんですけど。今、学生さんもいないですね。特にあの、中国料理ってかっこよくないんでしょうね。うーん。たぶんね。洋食屋さんとか、イキのいい和食屋さんとか、スパゲッティ出しているようなところとかがいいんじゃないんですかね。イメージ的にはそんなパターンかと思ってるんですが。中国料理は日本人は今、逆に安いっていうイメージしかついていないんじゃないですかねぇ。」

現在、飲食業界が直面している「人手不足問題」。まつもともまさにその問題の渦中にある。中でも中国料理のイメージは、安い、きつい、おしゃれじゃない…なので、なかなか人が来てくれないのではないか、と語る松本さんだが、こうも話してくれた。

「ほんとは中国料理が一番高いんですけどね。ほんとはね。フレンチよりも…。中華の方が高いですね。食材一つ見てっても、熊の手、つばめの巣、干し鮑(あわび)とか。ま、そういうの見ていけば、トータルで見ると中国料理が一番高いんですよ。」

 

仕事は、朝十時半からで、店を閉めるのは夜十一時半から十二時。弟子はいない。

「今はいないですね。ていうか、やりたいと思わないでしょ。なんか、洋食屋さんでデニムのシャツ着てソムリエ前掛けしてやってるのがかっこいいんじゃないですか?うーん。あと、やりたい人は、中国の料理やりたい人は少ないから、ホテルの料理とか行くんじゃないんですか。」

料理学校出身者も中国料理の料理人になる人は少ないそうだ。

 

しかし、中国料理と言ってもまつもとはビブグルマンに載るような店である。いわゆる「町中華」とは意識的に線引きをしているのだと我々は思っていたが、

「町の中華屋さん?うちもそうなんじゃない?中華って言うか、中華をベースにした中華屋さんじゃないですか(笑)」

と、さらりと言われてしまった。

 

とはいえ、ミシュランのビブグルマンである。ビブグルマンに中華部門ができてからずっとである。影響はどのぐらいだったのだろうか。

「今までずっと隠してたんですよ。でも、あまりにもお客様がついてこれないところがありましたんで、やっぱり一緒に成長したいじゃないですか。お客さんと一緒に、お客さんも店も成長したいじゃないですか。それで今年からちょっと、外にアピールすることにしたんです。はい。」

彼が言うお店の成長とは、

「ビジネスも含めて、としか言えないんですよね。あと、料理。そのシーズン、シーズンで、こういったおすすめ料理、みたいな感じでやっているんで。あと、創作的なものをやってみたりとか、チャレンジしてみたりとか。」

 

自らを「町の中華やさん」と称するまつもとさん。作っている中国料理に対して強いポリシーを持ち、ビブグルマンに載る。だが、西荻の町の人達が気軽に利用する「町の中華屋さん」だ。ヌーベルシノワなのか?町中華なのか?彼は絶妙なバランスを取るために、日々、努力をしている。(ファーラージェームス、木村史子、10月5日2018年)。

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